「なんでこの話、つまんないの?」「先生、ウケる~」
教室に響く小さな笑い声、目配せ、ため息。
一見外から見ると平和な高学年の教室で、実は"見えない心の戦い"が繰り広げられています。
「小学校の5年生、6年生、高学年に対する学級崩壊について教えてください。」


今まで低学年、中学年とお話ししてきてというところですよね。高学年の学級崩壊は、外から見るとそんなに低学年ほど問題がないように見えます。あからさまな立ち歩きとかは、今すごく減ってきていると思います。
のんちゃん先生:ちょっと一昔前の高学年の学級課題とは違うなと思います。みんな座ってはいます。先生の指示がなくても勝手にフラフラと歩いて、そこそこ問題にならないくらいにフラッと戻るみたいな子はいっぱいいるんだけど、そんなに廊下に飛び出して暴れている子がいるみたいなのは低学年の特徴です。
低学年とは違う、高学年の「静かな反抗」
高学年はね、一見まあまあ座っているしみたいに見えるんだけど、先生の心理的な辛さで言えば、やっぱり子どもたちの年齢が上がれば上がるほどきついかなというのは思います。子どもたち同士の横のつながりというのがやっぱり成長していくと深くなっていくんですよね。
これはいい意味でも悪い意味でもそうで、やっぱり低学年とかちっちゃい子ってね、例えばおとなに対して『先生、先生見てみて、これができるようになったよ』とか、先生という大人とつながりを持とうとするというのが強いんです。それが年齢が上がるごとに友達同士の方が大切になっていく、先生とのつながりより。自分自身のことを振り返ってみてもそうだと思うんですけど。
高学年ってもうだいぶ横のつながりというのが強いです。だから先生に対して反抗的な心というか気持ちを持っている子というのが、崩壊学級というのはだんだん増えていくんですよね。『あいつムカつくよね』『あいつイラッとするよね』『くだらないことしか言わないよね』『授業つまんないよね』みたいな、明らかに先生に対してあんまり好きじゃないというか、反抗的な気持ちというのかな、敵対心だったりというのを持っている子というのが、どんどんどんどん増えていくんです。崩壊学級って。
「横のつながり」が強くなる
横のつながりを強くしていくんですよね。だから先生が何か指示を出したときに、誰かが例えば舌打ちをする、鼻で笑うみたいなことが起こったときに、『お前かわいそうじゃん先生、やめてやれよ』みたいな、こそこそこそっていうような声が起こります。
結構にやって笑う子とか、やっぱり友達関係で仲いいと、それに対して『先生もこうやって頑張っているのか、やめなよ』ということって、高学年にとっては危険行為です。低学年で結構さってふざけちゃう子がいる時に『座りなよ』とか『やめなよ』みたいな声が起こるのって別に普通に起こっていくし、だからその『やめなよ』って言った子に対して攻撃が起こるみたいなことって年齢が低ければ低いほど起こりづらいんですよね。
その友達同士の関係性が、やっぱり一番の問題というか、彼らにとっての一番の重要問題は、先生との関係がどうかというよりは、横の友達関係です。クラスの中で結構影響力のある子が先生に対して反抗している。と、それをニヤニヤニヤニヤ一緒に『超ウケるんだけど今こうやって言ったよ』とかって先生の口真似をする。それで笑いが起こって、怒る先生が『今の何なの、いい加減にしなさい』みたいに言った時に、しらけた感じの笑い、クスクスクスっていう笑いが起こるみたいなのは高学年の学級で起こることなので、先生としては心理的にはどんどんどんどん辛くなっていくと思います。
教師は攻撃の対象になりやすい
本当に私が見ていて思うのは、私自身もうまくいってない学級とか、やる気がない高学年以上の集団というのに先生というような立場で関わる時というのは、集団いじめ的なものは覚悟して立つところがあるんですよね。やっぱり前に立つ人間って矢表に立たされやすいというのが、攻撃の対象にはなりやすいですよね。
これは先生方から見る校長先生とか、会社内にいる部長とか社長とか、前に立つ人間って何かの指針を言ったり、その場というのを仕切るという立場になった時に、その集団がうまくいってない場合というのは攻撃対象にはなりやすいんですよ。真ん中に立ってなんかしてる人って。
だから本当に私、先生方にお伝えするのは、『あなたの人間性が変なわけではない』ということです。自分がこんなんだからってやっぱり先生として前に立って、そういう攻撃を受けると、すごく自分を責めるし、本当に毎日あそこの場に立つのが地獄のようで苦しくなると思います。でも人間性ではない、これは学校のシステムというものが作り上げた集団が起こす、前に立っている人間に対しての集団いじめというのは起こりやすくなっていると思うと。
だから自分を否定しないでくださいということと、自分の心を一番に大切にしてくださいって。壊れるまで立ち続けるような場所ではないと思うっていうのはお伝えするようにしています。その心理的などうしようもない絶望感というのかな、あの場面を思い出すと本当に胃が痛いみたいなトラウマ的な場面をやっぱり作り出していくのは、高学年の学級崩壊だなと思います。
生徒T:怖いですね。
のんちゃん先生:子どもたちもそんなに悪気がなかったり、学校がつまんないわけですよね。そういうところで命令的に言ってきたり、意味のなさそうなことをやれと言ってくるものに対して反発しているだけなんだけど、そこが横のつながりで手を結んでいったときに、やっていることとしては集団いじめになってくる。でも子どもたちとしてはそうやって集団で歯向かわないと、嫌なことさせられる、意味のないことを偉そうに命令されるみたいなことに対する対抗だとは思っているんですけど。なんでこういう状況が作り上げられなければならないのかということには、ずっと憤りを感じてきたところはありますね。
生徒T:のんちゃん先生はどういうふうに緩和していく感じなんですか?
のんちゃん先生:かなり厳しい状態になっている他のクラスを、その先生がお休みした時にとか。ちょっとその先生だけではずっと授業を持っていることが難しくなった時に、私が英語だけ持つとか体育は一緒に持つとかっていうことというのはよくありました。
「大人扱い」で変わる教室の空気
今の時代、私の捉え方としては、高学年の子たちってもう立派な大人なんですよね。だから『ちゃんと座りなさい』とか『話聞きなさい』というよりは、本当に横の関係で。低学年の子たちとも横なんですけど、さらに横というのかな、大人としてということとしてなんですよ。
対峙して、大切にした方がいいのは本当に、『今から私この話をしようと思っていて、ちょっとめんどくさいなって思う気持ちは分かるんだけど、協力してもらっていいかな。座ってもらえると嬉しいんだけど、座っていただくことはできますか』っていう風に聞く。『座りなさい』なんて高学年に言うなんて恐ろしいですよ、私は。だって大人に対して言います?『座りなさい』って。」
生徒T:絶対言わない。
のんちゃん先生:言わないんだよ。だからもう十分に自分よりもすごいところがたくさんある大人なんですよねと思って接することっていうのがもう必須だと思う、今の時代。それは減り下るとかじゃなくて、ただただ大人にお願いするように子どもにもお願いしましょうよ。っていう姿勢で行った時に、『なんだうるせえな』とあんまり言いづらいんですよね。
『この話してしたいと思ってるから、めんどくさいとは思うんだけど座ってもらってもいいかな』『なんだうるせえな』って言いづらいんですよ。『座りなさい』って言ったんだよ『うるせえな』ってやっぱ帰ってくるし、はっきりとはそう言わなくても視線とか、舌打ちとか、ため息とかで返してくるんですけど。
「大人として接する」っていうのがすごい大事だし、彼らの気持ちになって考えるってやっぱすごい大事。

『なんでって思うよね。なんでって思う部分は一緒に考えたいと思うよ。大人の事情を話すとこう。私の権力的にはここが限界、ごめんね。その上で、どうやってあなたたちと過ごしたいか、どうやってあなたたちも過ごしたいかっていうのを一緒に考えない?』
っていう話し方をやっぱりすごい大事に。これは低学年でも一緒なんですけど、同じように接した時に高学年の反撃は、やっぱりえぐいです。心理的にえぐってきます。これは見下すなっていうことなんだと思うな。同じ人間を『座りなさい』『そんなことも分かんないの?』みたいな。大人同士でいたって嫌じゃないですか。
子どもってやっぱり先生の言うことを聞かなきゃいけないとか、権力的には弱い立場として学校にいる中での、その理不尽な命令とか理不尽に強制させられることに対する正当な反抗とは思っていて。
だからこそ接する大人は共に考える立場として子どもと関わるのがすっごい大事だと思う。めっちゃ考えてくれるから高学年。何なら、こっちが思い浮かばないようなアイデアでつまらないシステムをどう楽しむかは一緒に考えてくれるので。
だからこそ、そう接することっていうのがすごい大事。そうやって横の関係として依頼をするし、相手の意見を聞くし、聞いた上でこちらの意見を伝えるしってやっていった時に、そんな集団いじめみたいなことは別にしてこない。やっぱりこちらが無理やりさせようとするには、もう相手は十分すぎるくらいに大人であるというところなんじゃないかな。これは小学校高学年も中学生も一緒だと思うんですよと思いますね。
保護者にできること:叱るより「作戦会議」
生徒T:それこそ自分の娘さん、息子さんが学級崩壊、高学年の学級崩壊になっている時は、どういうふうにケアしてあげたらいいのかな?
のんちゃん先生:ケアというか、学級崩壊になっていてお子さんが何て言ってるかっていうのがすごい大事かなって思うんですけど。お子さんが先生の悪口を『あいつ超ムカつくんで、こんなことしか言えなくてさ』とかって言ってたとしたら。
私が伝えたいのは、その言葉は『そうなんだね』って。『どんな時に辛いって思うの』とか『どんな時にムカつくって思うの』っていうのはよくよく聞いて、『そっかってそれは辛いね』。
これは自分が高学年だった時のことを思い返せば、先生はムカついてしょうがなかったので私は。私もそうだったっていうのを伝えた上で、でもさ、不毛だと思うよって。その人を攻撃するだけに時間を使っていくのは、私はあなたにとっていいことがないと思う。結局どんな人相手でも、相手の悪いところを見て悪いところを攻撃して、自分にいいものなんか何も返ってこない。
私、実際にそのすごい先生に対して反抗していたっていうことを話した時に、「『それしてみていいことあった?』って聞いてみたことがあって。自分にとってじゃあ例えばその先生が心理的にすっごい落ち込んで鬱とかになって学校辞めて外に出られなくなったりしたら満足なの?それがあなたのしたいこと?」って言った時に黙りました。
「でも先生って一人、それに対して子どもたちが30何人いるわけでしょ。同じ状況に自分が立ったと考えてみたらどう思うのって言った時に『やばいね』って。じゃあこの先どうやって付き合っていきたいの?ってそれも助けとこたくさんあるんだと思うよって。でも攻撃して何かいいことがあるんだろうか?だったら先生に対する要望は、先生が受け取りやすいように言えたら少しでも良くなるのかもしれないよって言った時に、『じゃあ何て言ったらいいですか』って。
今やめてほしいことは、先生にやめてほしいことは『おとなしい感じの子ばっかり攻撃して怒るのをやめてほしい』とか、それはそうよねって思うことなんですよ。『そうか、そうか』ってなんて伝えたら先生としてはなるほどと思うかなっていう相談をして。反抗的な態度が全く、先生の味方として先生と話してやっていけるようになりましたって後で親御さんからも言っていただけたんですけど、それでやってみてどうってその子に言ったときに、『なかなか気持ちのいいもんだった』と。
だからお子さんのクラスがあまり良い状態じゃないっていう時に、やっぱり『先生ムカつく』にはなります。先生にも問題はそのお子さんの立場から見たらあるんだと思う。あるんだと思うけど、それ攻撃することでそのお子さんにとって何もいいことがないっていう場合は、じゃあどこを問題と思っていて、それを改善するためにはどんな関わりをすることがいいのかっていうのは相談すると、本当にパワハラ上司攻略法になるんですよ。
お子さんが将来どんな上司と出会っていっても、言ってもこういう時はこんな風に言ったら伝わりやすいんじゃないか。という工夫ができるようになったら、それは将来のすごいいい勉強になる。これを集団でつるんで攻撃することっていうことでお子さんのいいことにはなかなかならないと思うんですよね。
例えば『静かにしようよ』みたいなことを言ったら『いい子ぶりっ子』と言われて、あいつからいじめられるんだってことがあったら、それはブラック企業対応法ですよ。関係性が破綻している組織にいる時に自分はどう立ち振る舞えばいいのか。正義を振りかざしたければ振りかざしてもいいと思うけど、そればっかりがうまくいくとも限らない。
じゃあお子さんはどう関わりたいと思っているのか、そこでうまく立ち振る舞うためにはどうしたらいいのかっていうのを一緒に作戦考えられるんじゃないかなと。なので高学年って本当にもう生きていく力っていうのがかなり備わっているし、自分で考えて選んでいくっていう体験をたくさんした方がいい時期だと思うので、ぜひだったら『あなたはどうしたい』『あなたにできることは何だろう』『え?作戦立ててやってみて』また一緒に相談しない?っていう立場として関わることができたら、あんまりうまくいってない崩壊っていう場も、そんなに悪いもんじゃないんじゃないかなっていうふうには思います。
まとめると
崩壊っていうものは、私は先生が悪いというよりはやっぱり学校のシステムが生んでいるものだと思う中で、低中高等学年が上がってきた時に、このつまらないことをやらされる、意味がないと思うことを6時間も座ってやらなければいけないという環境が生んでいるのは先生に対する集団いじめだと本当に思っています。
ここの『本当に誰も私の話を聞きたくないんだろうな、みんなムカつくって思ってるんだろうな』っていう矢表に立ち続けるというのは、1年間1000時間も続けるもんじゃないんです、人間。だからもう職場に戻りたくないとか、子どもたちの前に立つのが怖いとか、精神的疾患と呼ばれるものをたくさん生んでる原因なんじゃないかとも思います。
だからこそ、やっぱり先生方前に立つ時には本当に大人として扱ってみてください。相手がどんな気持ちで座っているのか、自分が高学年だった時に抱いた大人への『何なんだよ』っていうムカつきとか、思春期の子たちが抱えるイライラとかっていうのを自分ごととして捉えた上で、一緒に考えていかないっていう姿勢がすごい大事なんじゃないかなと思います。
そして、お子さんがそういった崩壊の場所に毎日通っているようであれば、その中で一緒にできること、その中で問題を解決、解決までいかなくても、その中でどう生きていきたいのかっていうところを勉強するための教材にできたら、もうちょっと優しい世界になるんじゃないかなっていうふうに思います。
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