【怒り奮闘】子どもがやるべきことをやってくれない!!どうしたらい?
子どもの喧嘩は「介入」ではなく「解説」する!
「子どもの喧嘩には介入しない方がいい」 育児書やSNSでよく目にする言葉ですが、目の前で泣き叫ぶ我が子を前に「本当に放っておいていいの?」「それって冷たくない?」とモヤモヤを感じたことはありませんか?
実は、介入しないことと「放置」することは全く別物です。
今回は、アドラー心理学やコーチングの視点を取り入れた、子どもの成長を妨げない「大人の賢い関わり方」をのんちゃん先生が徹底解説。大人が解決を急ぐのではなく、状況を「解説」し、子どもの社会性を育む「援助」へとシフトする方法をご紹介します。
のんちゃん先生、「子どもの喧嘩に介入するな」という動画がありましたけど、気になるし、無理じゃないですか、という質問が来ています。
生徒T
のんちゃん先生
それもね、よく言われるんですよ。だって、子どもって泣き叫ぶし、ぎゃーって言うからね。そう言うし、大人に助けを求めてくるじゃないですか。チラチラ見てくるとか、「殴られた」とか、訴えてくる。訴えてくるのに、「なんか冷たくないですか?」っていう、その「自分たちでなんとかしなさい」というのは、わあ、すごい言われますね。
のんちゃん先生
で、なんかその、別になんだろう、突き放すというものではないので。いや、本当に、あの、同じことが大人で起こった時にどういう対応をするかを思い出しつつ、私は対応するようにするんですけど。
のんちゃん先生
だから、例えばですよ。友達のAちゃんが「ねえ、BちゃんにこうやったらBちゃん殴ってきちゃったんだけど」って言ったとして、「自分でなんとかしなさい」とかって言わないじゃないですか。これも上からなんですよね。
ああ、なるほど。
生徒T
のんちゃん先生
そう。だから、「そうやってBちゃんが殴ってきた? どこ?」っていう関わりって普通ですよね。「大丈夫?」って。その上でやらないのが、「じゃあ私行きます。Bちゃん、Aちゃん殴りません」っていうのが上からなんですよ。
のんちゃん先生
そうそう。だから、「あ、え、どこを?」「え、で、なんでそんなことが起こったの?」とか、「そっか、応援してるね」というのが横の関係じゃないですか。「うまくいくといいね」「なんか私にできることがあったら教えてね」みたいな。基本はそうなんですよ。
のんちゃん先生
で、助けを求めてきてないのに、AちゃんとBちゃんが遠くの方でなんか言い争っているようです。パチンみたいな音が聞こえて殴ったとしたら、ちょっと心配になって行くかもしれないけど、大人同士だったらちょっと距離を測るというか、「え、これって私が入って問題かな」みたいな感じで、そんなに入っていかないと思うんですよね。「Bちゃん、殴っちゃだめ」みたいな突然行くかなって言ったら、私は行かない。
のんちゃん先生
こう様子を見て、「もしかして大丈夫?」みたいな声をかけるわけですよね。だから、基本的な関わりとしては、大人がよくやっちゃうのは、なんかガチャンとか、わあみたいな音が聞こえると、バッと行って「やめなさい」みたいな。これが勝手な介入かなと。それやんないじゃないですか、大人に。
のんちゃん先生
かなと思っていて。で、言うと、その、やっぱり子どもたちが助けを求めてきた時に、勝手にこちらがどっちが悪いとか判断して、「あしろこうしろ」「謝れ」みたいなのはしてないです。しないようにしてます。だって大人にもしないことだし、基本的に喧嘩っていうのは人は自分で解決をするもので、どっかから誰かこう降って湧くようにやってきて「謝りなさい」とかっていう人はいないから、将来ずっとは。だからしないんですけど、というところで、あんまり介入しないようにしてます。
介入と「勝手な解決」の違い
のんちゃん先生
で、ただ話は別に聞きます。で、聞いた上で良くないのが、なんとか解決をしちゃうこと。「謝りなさい」とか、「これは返しなさい」とか、「やめなさい」とかっていうのをやっちゃうのが、やっぱり子どもが自分で喧嘩というのを解決する糸口を取り上げちゃう感じがするので、してません。
のんちゃん先生
というところと、自分から介入しに行っているなっていう時、私自身あって。介入というか、「何が起こった?」という風に聞きに入っている時っていうのがあるなと思ったんですよ。で、それってどんな時なのかっていうと、あまりに周りの怒りとか、「あ、このまま行くとこの子、友達がいなくなっちゃうかな」とか、「この子すごい嫌われちゃうんじゃないかな」っていうような様子が分かった時に、このまま行くと嫌われちゃう子っていうのが、自分が教育的に関わって、その自分のお子さんだったりが、なんかすごい周りから「それすごい嫌がられちゃうことだよ」みたいなことを、例えばですよ、大人がしていたとしても、その人が親友で大切な存在だったら、「今のはあんまり良くないと私は思ったよ」「すごい嫌な空気になったよ」みたいな関わりはしますよね、大切なら。なるべく関わりたくない相手だったら放っておいていいと思うんですけど。
のんちゃん先生
なので、なんかその、「このまま行くとこの子大丈夫かしら」と思う場合って、すごく積極的に関わっているなと思うんです。心配だからね。
のんちゃん先生
で、その時にすごく大事なのが、勝手に解決をしないことだなって思います。だから、あの「関わっちゃいけません」って言ってるわけではなくて、「放置してください」って言ってるわけじゃなくて、話は是非聞いていいと思うんですよ。聞いた上で、大人が「こうしなさい」とするところだけ我慢していただいて、というところで。
のんちゃん先生
私はその、例えば「あ、このまま行くとこの子嫌われちゃうんじゃないかな。でも本人はそんなに悪気なくやってそう」みたいな時って、積極的に関わります。「何が起こっているのか聞いてもいい?」と、了承を得て。それも大人に対してと一緒ですよね。「ちょっと言いなさい、何言ってるか」で、これ上からなんですよね。だから、「えっと、何が起こってるのか、ちょっと心配になったから状況聞いてもいい?」って、両者の、怒っている側の子にも、怒られちゃっている側の子にも聞きます。
事例:バッタを勝手に逃がしたA君への関わり方
のんちゃん先生
最近聞いた上で、例えば最近あった出来事で言うと、ある男の子2人がバッタを見つけました。すごい立派な殿様バッタでした。で、それをA君がやってきて、「うわあ、いいバッタだね」ってなったわけですよね。いいバッタだねってなって、その2人が見つけたわけですよ。で、今にも取ろうとしていた横から、ちっと取った、そのバッタをA君がね。
のんちゃん先生
で、「それは横取りだろう」というのは勝手な大人の解釈なので、あの、まあバッタを取ったは、まあいいじゃないですか。で、その後起こったことっていうのは、「このバッタかわいそうだから僕が逃す」って言って、A君は勝手にそのバッタを茂みに連れて行って逃がしちゃった。
のんちゃん先生
で、その見つけた男の子2人は、もうちょっとバッタと戯れたかったわけですよ。自分たち見つけたし、すごいいいバッタだったから、そのバッタ取りたかったのに、横からA君がやってきて、勝手に取って、勝手に逃がしたわけです。で、「謝れよ」ってなったわけなんだけど、そこでA君が言ったことは、「なんで? 自分で取ったバッタを自分で逃しただけなのになんで謝らなきゃいけないの? バッタがかわいそうだから逃がしてあげただけじゃん」ってなっていました。
のんちゃん先生
で、ちょっとそういったことが続いていて、A君への周りの視線っていうのは、「もういい加減にしろよ」みたいになってきているのは、なんとなく関わっていて感じていたので。
のんちゃん先生
そのバッタの件は、子どもたちから聞いた話です。両者から話を聞きました。「何が起こったか教えてもらってもいい?」と。で、その上でしたのは、解決をすることではなくて、その「このまま行くとA君嫌われちゃうぞ」と。「みんなから『もうあいつと遊びたくないよ』ってなりそうだなっていう風に思って、A君心配です」と。
のんちゃん先生
なので、A君に、私が聞いた事実としては「こういう感じのことだったね。それに何か間違いはありますか?」って聞いたら、「いや、先に見つけてたとか言うけど、僕が見つけて僕が取っただけだから」って返してきたから、「えっと、周りの子にも何人か聞いたんだけども、先に見つけたっていう事実はあるっぽいよ。で、まあ、そのそばにいたことは分かってるんだよね、その2人がね」と。
のんちゃん先生
「分かってる」と言った時に、「どういうことが起こってるか」っていうのを解説をしました。その時起こった出来事っていうのを。
ポジションチェンジを用いた「解説」
のんちゃん先生
じゃあ、これもね、なんかコーチングの技術で言ったらポジションチェンジをするわけなんですけど。「じゃあ、じゃあ、じゃあA君、A君が『バッタいた』って、バッタいたっていう気持ちになって。バッタがいるとするよ」って。「そこ私がさ、来てさ、こうやってバッタ取って逃がそって、逃がしたらどう思う?」って言ったら、「え、僕も触りたい」。「そう思ったみたいだよ、それ」。
のんちゃん先生
それでその話をした結果、「何も悪いことしてないし、私勝手に私が見つけたバッタを私が逃したのになんなの?」って言われたら?って言ったら「うん、ちょっと嫌かな」と。
のんちゃん先生
「で、ちょっと嫌かなっていうことが起こった時には、謝るっていうのを人はした方がいいよ」って。「その人がその『勝手に逃がすなよ』っていう声は聞こえてた?」と。「聞こえてた」と。「でも僕のバッタだから。バッタに僕のもあの子のもがあるのか知らないけれども、僕のバッタだから逃がしても別にいいじゃん。」
のんちゃん先生
あなたの意見は分かるけれども、その『やめて』って誰かが言っている時に何も言わずに逃したら、無視をして、意見を聞かずに勝手にやったみたいに見えるっていう話だと思うよ」って。
のんちゃん先生
で、それを聞いて「私は謝った方がいいと思うけれども、どう思う?」って聞いたら、「うん, じゃあ謝るか」って言ってました。
のんちゃん先生
これは解説に入りました。「このままだとこういうことが起こるから心配だよ」っていう話はしましたが、「謝れ」とも、「それはあなたが悪い」とも別に言ってないんですよ。「このまま行くと一緒にいたいと思わなくなっちゃうよ」っていうのを、事実を聞いた上での解説に入ったっていう感じです。
のんちゃん先生
なので、もし「やっぱり喧嘩気になります」「私も状況を聞きたいです」っていう場合、聞くのはいいと思うんですよね。心配だから聞いてもいいと。その上で「私はこう捉えるよ」という話を子どもたちにするっていうのは、子どもたちにも勉強だし、私もそのやっぱり自分の思い込みで聞いちゃうところがあるので。
のんちゃん先生
私最初に思い込んだのは、A君がその他の子たちが持ってるバッタを取ったんだと思ったんですよね。でもよくよく話を聞いてみたら、取ってはいない、先に取っただけで取り上げてはない、みたいなのが見えてきたりした時に、「じゃあここでどうするのが人間関係として、なんか友達と仲良くやっていきやすいのかな」って思っての解説と、自分の意見っていうのは言った上で、それでも「やだ、謝んない」って言ったら、「そうか、頑張って生きていくんだよ」っていうそれだけなので。
のんちゃん先生
本当にその説得は試みますけど、説得というか、その解説と自分の意見は、どうしてそう思うのかってのは頑張りますけど、解説をしに入るっていうのは、すごくその喧嘩への関わり方としてはなんかいいんじゃないかなって自分は思いますね。
さっきポジションチェンジって言葉出てたんですけど、多分動画見てる人よくわかんないと思うんで。
生徒T
のんちゃん先生
ああ、ポジションチェンジですね。ポジションチェンジは相手の立場になって考えるなんですけど、簡単に言っちゃえば、私アドラー心理学すごい大好きで。アドラーが言うに、「相手の目で見て、相手の耳で聞き、相手の心で感じてみる」みたいなのが、人間関係を円滑にするためにすごく大事なことだって。いつだってそうするように心がけるんだ、みたいなことはアドラーは言ってるんですけど。
のんちゃん先生
そうするために、その自分が相手だったらどう感じるのかっていうのを、相手にポジションをチェンジしてやってみるっていうのが、コーチングの世界でポジションチェンジっていうやつです。それを子どもたちに「はい、ポジションチェンジして」ってってできないので、「じゃあちょっと想像してみよう」と。「バッタがいます」と。で、その状況っていうのを相手の立場になってもらってやってみるっていうのは、子どもたちの関わりでよくするなと思うので、紹介してみました。
まとめ:介入ではなく「援助」へ
のんちゃん先生
喧嘩は放置するものでは別にないです。私の中でも。心配だったら関わっていいと思います。でもやっちゃいけないのは、やっちゃいけないなと思うのは、勝手に解決をすることで。それ大人に対してやらないよなっていうことを、結構子どもだと、相手が子どもだとやっちゃうことっていうのが、心配がゆえに結構あるなっていう風に思うので。
のんちゃん先生
状況をよく聞いてみて、両者から聞いてみて、「私はこう考えるよ」「このままだとこうなっちゃうような気がして心配だよ」っていう風に伝える。その上で本人が判断し行動していくっていうのは、介入ではない、援助に入るところかなと思うので、是非、放置するのがちょっと冷たいし難しいですって感じる方は、よくよく聞いて解説をし、「私だったらこうするかな」っていう提案をしてみるっていう風に関わってみると、喧嘩が子どもたちの成長に繋がりやすいんじゃないかなと思います。
のんちゃん先生
基本、解説ですね。子どもたちの何かのトラブルは。解説は勝手にできないから聞くんですよね。
のんちゃん先生
「状況聞かせてもらってもいい?」はそうだし、両者から、加害、被害、第三者くらいの3方くらいから聞いて、事実らしきものを洗い出すっていう上で、「私はこう捉え、こう感じるんだけれども、どうだろう」と一緒に考えるっていうスタンスがすごいいいなと思いますね。
ありがとうございます。
生徒T
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