「うちの子は恥ずかしがり屋なんです」
何気ない一言が、実は子どもの成長を無意識に制限しているかもしれません。
子どもを理解したい気持ちから、ついつい「○○な子」というレッテルを貼ってしまいがち。でもこの「人格承認」は、子どもが自分の可能性を広げるよりも、むしろそのレッテルに合った行動を選ぶように働きかけてしまうのです。
子どもの成長に必要なのは、その子「全体」を評価することではなく、具体的な「行動」に対するフィードバック。この記事では、あいさつを例に、子どもの可能性を広げる関わり方のヒントをお伝えします。
「先生、うちの子恥ずかしがり屋さんで挨拶できないんですけど、どうしたらいいですか?」


そういう機会ってすごい多いなと思うんですよね。なんか、普通だったら全然ちゃんと挨拶できる時も結構多いんだけど、でも親御さんの前で、パパママの後ろに隠れて、『恥ずかしい』みたいなことってよくあるんですよね。
長女がまさにそうですね。

レッテル貼りの落とし穴

私もお会いしたことが何度もあるけど、そうした時に、やっぱそのパパママとしてはお父さんお母さんとしては『いつもはできるんですけどね』みたいなのを出したかったり、あとは『ちっちゃいからやっぱり恥ずかしいのかな』っていうところをフォローしたかったりいろいろあると思うんですけど、
『うちの恥ずかしがり屋さんなんで』っていう風に言うことって、それに対して、その子の中に、彼女・彼の中に、『自分は恥ずかしがり屋だ』っていう一つの人格を作る感じはするんですよね。
うんうん、人格を作る。


そうそう、『私は恥ずかしがり屋さん』っていう、それをOKとするっていうところもすごいあるなと感じますね。だから、私が子どもたちとたくさん関わる立場でよく見るのは、お父さんお母さんがいなくなると全然普通に挨拶する、『うちの子です、全然普通にやるんだけど、お父さんお母さんがいるとなると、やだ恥ずかしい』みたいになるっていうやつで。

例えば小学校とか保育園っていうところでは普通にやってるらしいんだけど、自分たちが一緒にいる親戚への挨拶とか、自分たちがいる時にお家に誰かがやってくる、あんまり知らない人がやってくるっていう時に『はい、こんにちは』とか『いらっしゃい』って言ってみたいな時に、『やだ~』みたいなのになる。っていうのは、よくよく見る。お父さんお母さんが現れた瞬間に、10歳くらい小さくなったのかな?みたいな、甘えた口調になってるかな。『疲れた~』みたいな風に、さっきまでテキパキ動いていた子が、言い出すのはよく見る。

そのことっていうのは、悪いことじゃないと思うんです私は。だって、会社にいる時の自分の顔と、家に帰ってゴロゴロしてる時の自分の顔って違うじゃないですか。
いつも一緒に暮らしている家族に出せる顔とか、日々心を許して付き合っている友人に出す顔と、あと会社とか仕事とかっていう面で、自分が出してる顔っていうのは違いますよね。それは誰しもあってそれは練習していくことだと思うし、持ってていいものだと思うんですよね。

ただ私が思うのは、それは第三者がいなくなってからやるやつ。いるところでやったら大人がやったと考えようと思った時に変なわけですよ。

例えば、そうですね、自分にパートナーさんがいるとして、自分の旦那さんがいると、旦那さんは自分の会社では全然、自分が勤めてる会社では、普通に応対はしているわけなんだけど、私の前では、すごく甘えん坊さんみたいなことは別にパートナーシップでも、親子関係でも全然ある。と思う。
それはいいけど、私の友達を招いた時に、『いやだ、挨拶できない』って言ったら変な人なんですよ。だし、失礼なんです。ごく私、大人がそれをやったら私は二度とこの人を紹介したくないと思いますよね。恥ずかしいから。それこそこっちが恥ずかしいですよって話。

で、初めて会った人に、礼儀正しく挨拶をすることとか、『よろしくお願いします』って言うとか、『いらっしゃい』っていうこととかっていうのは、根本的なマナーとしてかなり大事なところに入ってくる。私は思います。
なので、それを『恥ずかしがり屋さん』で片付けない方がいい。
「恥ずかしがり屋」は選択的行動である

『恥ずかしがり屋さん』という名前をつけるのであれば、いつ何時も恥ずかしがり屋さんなはずなんです。家で過ごしている時も、家でゲームをしている時も。そんなわけないじゃないですか。家ではペラペラペラペラなんかを喋ってるわけですよね。
よくしゃべる。


ですよね。その時だけ恥ずかしがり屋さんになるっていうのは、そのことが心地いいからそれを選択しているということであって、別に恥ずかしがり屋さんなわけじゃないわけです。

それを『恥ずかしがり屋さん』っていう名前をつけて、OKってすることは『ああ私は恥ずかしがり屋さんなんだ』ってなりますよね。初めて会う人に対して挨拶をするっていうことは練習なので、日々日々起こることじゃないわけじゃないですか。子どもたちにとって。

いつも毎日、知らない人がやってくる家だったら別として、そうじゃないわけで、お正月に親戚がいっぱいいるところに行くことも、いつもじゃないから慣れない環境とかになった時に、言葉が出づらいとか、ちょっと緊張するっていうのは誰しも起こることなんだけど、
それを『あなたは恥ずかしがり屋さんなんですよね』っていうことで、それをずっとしていいことになっちゃうのはもったいないかなっていうふうに思います。

いつもできていることなんであれば、できることなんで、これ必要なことなんですけど、『やってもらっていいですか?』『何ですか?どうしたんですか?』『やらないんですか?』すっごい失礼ですけど、じゃあこっちが代わりに挨拶しろってことですか?

『すいません、すっごい失礼で、私代わりに挨拶しますね、後で話しますが挨拶をしないっていう方法を選んでみたいで、私が恥ずかしいです。すみません』っていうのは言うと話す。私が親だったら。ぐらいに大切なことだよということを伝えたいっていう話かなと。
人格承認から行動承認へ

こういうことってよく起こるなって思うのは、『○○ちゃんって、優しい子だもんね』とか、『あー、いつも賢い子だもんで』みたいな、人格承認というものは、かなり危険だなって思っていて。
「褒めることだったりとか、いいなって思っていることでも、そういいなと思っていることもそうだし。」


「良くないと思っていることもそうです。『あなたは三日坊主だからね』とか、『あー、怒りっぽい子だからね』とか。そう、人格の決めつけにあたるわけですよね。親御さんが見ていてそうならば、そうな部分は多分多いんだと思う、実際ね。実際多いから、そう言いたくなるのはそうだと思う。でもそれを言われると、そういう子になろうとするっていうのが、すごく大きく働くなっていうふうに思います。

『賢い子だね』と言われた子は、『賢くなければ』、『賢くあらねば』と思う。『賢くない自分』っていうのを隠そうとする。『賢い自分』っていうのをなるべく前に出そうとするっていうことが起こるし、
『恥ずかしがり屋さん』もそうですよね。『そう、私恥ずかしがり屋さんだから』っていうのを初めて会う人とかなれない場面で、後ろに隠れれば『恥ずかしがりやさんの私』として生きていけるっていうのを思うわけですよね。

そういうふうに、相手がそう思うように生きようとするっていうところは人ってすごくあるなっていうふうに思います。『のんちゃんて優しい人だよね、優しい人だよね、優しい人だよね』って言われてたら、『優しい自分であらねば』とやっぱり思う。
『優しくない部分』っていうのを見せると、その人が離れていってしまうような気がするから、『優しくあらねば』と思うことで、自分を『優しい自分』として見せようとしたり、『優しくない自分』っていうのを無駄に否定したりってことは起きやすいかなと。

この世の中に『優しい人』っていうのも、『恥ずかしがり屋さんの人』っていうのは存在しないって思うんですよ。恥ずかしい時はある。優しい時もあれば優しくない時もある。
優しい場面が多いよねっていうのは素晴らしいことだと思うけど、全体的な人格への承認っていうのは、『ならなければ』、『ならないとか』、『そうじゃない自分を隠さなければならない』というふうに働きやすいなと思うので、なるべく私は言わないようにしています。

やっている行動に対して、『ここで友達にこうやって声をかけられるのは優しいね』と言ったりします。『ここでこういう判断をするのは賢いね』と言ったりします。
これは人格に対する決めつけではなくて、この行動に対する承認。

ここでこういう判断をするというのは増えてほしいなと思えば、『こういう判断を今するっていうのは賢いね』っていうふうには伝えますが、『あなたは賢い子ですね』と言ってしまうと、世界に『賢い子』っていうのは存在しなくて、
だらっとしたい時もあれば、全然考えてない時っていうのがあってもいいんだよっていうのが人だし。

『優しい人』っていうので24時間365日生きようと思ってみてください。苦しいじゃないですか。
苦しい。


優しくありたいとは思うけど、そうもいかないわけです。なので、『あなたは○○だよね』『あなたは○○の子だよね』っていうよりは、『これこれこれこれをしているのはこう見えるよ』とか、『こう感じるよ』『こうだね』っていう風に、行動プロセスと一緒に自分が思ったことの承認っていうのをしていくのが、すごい大事なことかなっていう風に思います。
とはいえ、やっぱり。ついに無意識にそういうフレーム的な言い方をしてしまうケース、なるべく言わないように気を付ける方法ありますかね?


そうですよね。私も言っちゃうことある。気をつけるポイントとしては、ちゃんと見ていることだと思います。こういう子になってほしいという理想像に当て込もうとしないこと。『優しい子に育ってほしい』って思うと、優しい行動が起こった時に『あなたは優しい子ね』っていうのは出てきやすいんですよ。すごく。

そのこと自体は、全然悪いことだと思わないんですけど、でもこの世に『優しい子』っていうのは存在しえないこと。自分も『優しい人』になりたいと思いながら優しくない瞬間だってたくさんあること。それを本当に受け入れてもらった時に嬉しいんだっていう感覚を忘れないようにしようとは思っています。
具体的な声かけの例

なのでこう育ってほしいあっていい上で、こういう『優しい子に育ってほしいな』。『優しい子』というのは、『優しい人』というのはどういう行動をしている人のことを人は優しいと思うんだろうっていうのを見つけた時に、
プロセス行動に対して、『落ち込んでる子にこうして寄り添って声をかけられるのはとても優しいね』とか、『お母さん本当に今日疲れたなぁと思って、落ち込んでね、こうやって座ってる時に『ママ、何か手伝おうか』と、そうやって声をかけてくれた、あなたは本当に優しいね』って。

こういう子に育ってほしい。それはこういう行動が増えてほしい。その行動が増えた時に、その行動に対して『優しいね』って声をかけようとすること。だから観察をすることと、
『優しい子に育ってほしい』『賢い子に育ってほしい』ってすごい抽象的で、それを『賢い子ね、あなたは』って言うと、その子が思う『賢い』っていうものに当てはまろうとしてしまうのって、ちょっと苦しいと思うんですよね。

だから『賢い子に育ってほしい』と思ったら、あなたが思う、お母さんお父さん先生方が思う『賢い子』って何をしていることを『賢い』って思ってますか?っていうところの行動が起こった時に、子どもに出して『これこれができるのはすごく賢いことだと私は思う』と伝えた方が、行動に目が向くから、もっとこの行動したいと思う。

その行動をした時に、自分以外の周りから『助かったよ』とか『はぁ本当になになにさんって頭の回転が早いね』とかって言われたりして、あの何かに当て込もうとするんじゃなくって、その行動を増やしていくことで幸せになっていくっていう風になっていくものだと思うので。

『丸々だね、丸々な子だね』っていうよりは、『これこれをしているからこうだね』っていう言葉に。観察すること。あと抽象的な理想像に当てを込まない。ようにすることっていう気持ちをどこかに持ってるだけで全然違うと思います。
私も言っちゃうことあるんですけど、気をつけよう気をつけようってすごく思ってて、だいぶ出てこなく今なってるんじゃないかなって思うところなので、ちょっと頭の隅に置いておいていただけると嬉しいです。
まとめると
この子は○○な子なのでっていうのはあまり言わないようにしようと、どこかで思っていることは大事。基本的には、普段、他の場所でできていることを、ここでできないっていう理由にはならないのでやってほしいことは。
甘えと礼儀のバランス
『この子三日坊主なんでしょうがないんです』っていうよりは、『この子恥ずかしがり屋さんなんでしょうがないです』っていうよりは、『言った方がいいことなんですが、言えませんか?じゃあ私が代わりに言いますけど』って言ってその後に、『すごく私が恥ずかしかった』って。『挨拶ってすごく大切なことだ』とも。言うことっていうのはそんなに無理なことですか?っていうのは、話した時に、やっぱり必要なマナーとかいう部分で。
変な甘え方をするみたいなのは、甘えられることはいいことなんですよ。私も言った通り、お家で甘えられること、パートナーに甘えられること、親に甘えられることはいいこと。でも第三者っている時に『パーパー』みたいなのするのって、大人がやったと考えてみましょう。気持ち悪いんですよ。
でそれが何歳まで許されると思ってますか?って。いで立ちが可愛いうちで終わるんです。中学生がやってみようって見たと考えても気持ち悪いじゃないですか。『パーパ、パパ、恥ずかしい』って、お客さんが来た時に言ったら。
イラッとしますね。


その可愛いうちだけ許されるっていうのは、ちょっともったいない。それは、多分外で経験して、それは中学生になるまでにはできるようになるだろうよ。って思うところなのかもしれないけど、それがそのままになってるのが今『子ども部屋おじさん』とか。

あれって、どうしてうちの子が何歳なのにずっとこうなんだろう?って思われる現状を、たくさん生んでるなと思うので、可愛くても、これは変だよ。甘えることいいんだけど、ここ第三者いますけど、公の場ですけどっていうところで、そういうことっていうのは、決めつけるんじゃなくて、『今これするところだよ』っていうのは伝えていっていいと思います。
ありがとうございます。それこそ僕の娘がまさにそういう状態なので、かえって今日伝えたいなというふうに思いました。じゃあこういった相談もし、子育てとかで悩んでどうしようかなってなった時とか、もっと軽い相談でもいいんですけど、そういったときはどうしたらいいですか?ぜひ。


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