もしもアドラー心理学をアンパンマンが使ったら【他者貢献と自己犠牲の違い】

みんな大好きアンパンマンを、心理学の視点で分析したらどうなるでしょうか?今回は、アドラー心理学の観点からアンパンマンの行動を読み解き、教育現場や日常生活における「他者貢献」と「自己犠牲」の違いについて深く掘り下げていきます。

アンパンマンは本当に自己犠牲?アドラー心理学的分析

のんちゃん先生
のんちゃん先生

『アンパンじゃねーよ、天丼持ってこいよ』『アンパンでありがたいだろ、食べるくんだよ』

カバオくんが勝手に自己犠牲だから、本当にやめた方がいいと思う。アドパンマン、アドパンマン(笑)。飛び方かわいいですね。

みかん先生、なんかおすすめの動画があるって聞いたんですけど。

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

そうなんですよ、新しい医学の解説を「ゆっくり解説」って皆さんご存知ですかね。マリサとレイムっていう音声AIみたいな感じでやってるんですけど、アドラー心理学がめちゃくちゃわかりやすいんです。

丁寧に本当にアドラーを解説している「ひわたりチャンネル」っていうのがあって、概要欄に多分貼ってもらう人もいるんですけど、その動画がめちゃくちゃ好きで、本当最近鬼リピートしてるんですけど。

話題になったアンパンマン動画の反響

のんちゃん先生
のんちゃん先生

その中で「アドラー心理学とアンパンマンを組み合わせた時に」っていう動画があるんですけど、もうツボですっごい面白いと思って。公式LINEにシェアさせていただいたので、読んでくださった方は多分『あれ?』って思ってくださると思うし、ものすごく反響がすごくて。

返信ね、いつもなんか「いいね」とかスタンプとか「これはこうだよね」みたいな返信って何人か返してくださって、ありがたいなと思って私もお返ししてるんですけど。アンパンマンの時のやばかったコメント率、もうちょっと具体的にもう6本目だからやばかった。10件超えてたと思うな、15件くらい。やばかったって言って恥ずかしくないから大丈夫ですか?

バーッと来て『これ面白いですね』っていうのがすごい来て、すごい嬉しくなったんですけど。反響があったアンパンマンのネタをお話してきたのだと思っています。

アドラー vs アンパンマン:心理学的解析

のんちゃん先生
のんちゃん先生

これはどういうことかっていうと、アドラーvsアンパンマン。アドラーが今生きていてアンパンマンを見たら、これはアドラー心理学的になんて言うんだろうかっていうのを、ひわたりチャンネルで解析してるんですよ。

それをひわたりチャンネルの動画を見ていただいたらと思うので、見ていただいたり私のあの公式LINEの文章に全体まとまっているので、そこを見ていただいたらと思うんですけど。

「うんうん、これもできて、これまでこれもできる、これもできている。アドラーアンパンマンですが、アドラー的だよね。でも、これは自己犠牲、他者依存と言います。あと暴力で解決するのは良くないです」みたいなところが解決されてるんですよ。

『あー、なるほどな』って思ったところがあって、私もシェアさせていただきました。ぜひ動画をご覧いただけたらなと思います。

カバオくんとアンパンマンの関係性を心理学で読み解く

のんちゃん先生
のんちゃん先生

一つだけこれ。よくあるアンパンマンのシーンで、カバオくんが『お腹空いた』って言って、アンパンマンが顔を上げるって。ああいう時って、普通に『ありがとう』って食べるじゃないですか。

結構、僕から見ると、アンパンマンの自己犠牲なのかな。

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

そうね、なんか他者貢献と自己犠牲がどう違うのかってなかなか難しい議論になると思うんですよ。私はで、他者貢献と自己犠牲の違いは、本人が何が返ってこなくても、たとえありがとうがなくても、ないとしたらすぐやめられる。やりたくないと思ったらすぐにやめられる。やめられる上で自分がやりたいことをやってる場合は他者貢献。

そして幸せの三原則ってアドラーが言っている元になるやつだと思うんですよ。自己犠牲はね、『なんでありがとうとか言ってくれないの?カバオくん。だいたいこんなにカバオくんがお腹が空いたとか言わなければ、僕は別に顔を分け与える必要だってないのに、いつもお腹が空いた言い過ぎなんだよ』って思って思ったら自己犠牲なんだと思う。

自己満足と他者貢献の境界線

のんちゃん先生
のんちゃん先生

やってることって大体人は自己満足だから、あんまり変わらないと思っていて。だから私がクラスを変えたいとか、教育を変えたいみたいなやってるやつも、『私がこんなに頑張ってるのに、日本の教育は』って思い出したら自己犠牲だから本当にやめた方がいいと思っていて。

私はやりたいからやっていて、別に『教育をこんな風に考えてくれてありがとうございます』っていう人が一人もいなくても別段構わない、やりたいからやっているみたいな。ところに自己犠牲というものと他者貢献って、なんか密接に絡んでるんじゃないかなと思います。

でもアンパンマンが『ちくしょうカバオのやつ』みたいなの言ってるとか見たことがないので、あれはアンパンマンの自分軸。自分はこれがやりたい、こういう風に人に役に立ちたいと思って勝手にパトロールをし、勝手にカバオが、カバオくんがお腹が空いてるところを見つけ、『お腹が空いてるよ、だったら僕のパンをあげるよ』。は、いいんじゃない、やりたければやってればっていう、割と他者貢献に入るんじゃないかなと私は思います。

アンパンマンの他者依存問題

のんちゃん先生
のんちゃん先生

でもそのひわたりチャンネルでも指摘されてますけど、でも『おめえ自分でパン焼けてねえじゃねえかよ』と。ジャムおじさんがいないと生きていけないのであれば、それは他者依存だと。

自らパンを焼き、自分の顔をいっぱい持ち、朝からね早起きして自分のパンを、自分のアンパン焼きます、持って出かけてって勝手に与えて勝手に自分で補充できるんであれば、いいんじゃないみたいなのは、私はすごいアドラー的だなと納得したところですね。

もしカバオくんが『今日は天丼な気分なんでさ』って言い始めたら、アンパンマンはどう反応するんですか?

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

それが、それさ、そうでさ、じゃあその状況を整理しましょうと。だいたいアンパンマンの世界観においてカバオが泣いているときは、カバオくんが泣いているときは結構ピンチなときなんですよ、大ピンチ。なんかバイキンマンがこの後すぐ来るとか、命的危険が迫っているときの感じで、アンパンマンは顔を分け与えている印象が私はあります。

ただただ『今日のおやつがちゃんと少なかった』『アンパンみたいな感じ』の平和な感じじゃなくて、結構切羽詰まった感じでアンパンを求めてる感じで設定されてるじゃないですか。

で、『天丼がいい』って言うんだとしたら、相当余裕じゃないですか?それ。選べる選択肢を持つ環境でアンパンか天丼かっていう話をしてるんだったら、いや、アンパンマンの関わりはいろいろだと思いますけど、『じゃあよくね』って私は思っちゃうけど。

上から・下から・横からの関わり方

のんちゃん先生
のんちゃん先生

これを思った時に、すごいなんか、じゃあ上から関わるの?下から関わるの?みたいな、すごいわかりやすいなと思って。

カバオくんお腹が空いているのね、ピンチだね、僕の顔って言った時に、『いや俺今日天丼な気分なんだけど、天丼前言ってない』って言われた時にですよ。言われた時に『うるせえ、助けてやるって言ってんだ、なんて口聞いてんだバカヤロー』っていうのが上からです。

『アンパンでありがたいだろ、食べろこの野郎』っていうのが上から。うんうん、よく昭和であるやつ。私たちが受けてきた教育、私たちって一言にしてすいません、私が受けてきた教育。『この野郎、アンパン、アンパンあげるつってんだよ、贅沢言ってんじゃねえこの野郎、なんて生意気な口聞いてるんだ』が上からですよね。うんうん。

下からは『すいません、アンパンしか出せなくて、本当はいいと思うんですけど、このアンパン食べてもらってもいいでしょうか』っていうのが下から。そこまでしてやること?みたいなやつで。

アドパンマン的な関わり方とは

のんちゃん先生
のんちゃん先生

横でアドラー、アドパンマンとして関わるの。今日、アドラー的アンパンマンってことね。アドラー的アンパンマン、アドパンマンが関わるとしたら。

『僕の顔をあげるよ』『天丼マン呼んでくれよ』『そうですか』。そう言われてしまってとても悲しい気分で、もうあなたを助けたいとは思わないかもしれません。

私はアンパンは与えることができますが、天丼は与えることができませんし、天丼を呼んでくる義務は僕にはありません。この後バイキンマンが襲ってきますが、それをどうするか?っていうのは、アンパンを食べてこのようになるか、アンパンじゃなくて天丼がいいとわがままを言ってこのようになるか、自分で選びますか?僕はどちらを選びますか、がアドパンマンです。

アドパンマン、なんかはい。私はそう言うと思う。そう言われたら、どちらでもいいと思うよって。でも私はアンパンしか出せないのだけれども、そう言われてすごく悲しい気持ちになったので、もうあなたをこのように助けたいとは思わないかもしれません。それでどうしますか?

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

アドパンマン、パチパチパチじゃないんだよ、全然パチパチじゃない。めっちゃアドパンマンじゃんこれ、ですよ横ってそう。

なんかこう選択を相手にする、

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

選択をするのは相手。悲しいということはきちっと伝えること。失礼な話、救いたいと思っているところに対してそうやって言うのは失礼な話だけれども、その意思は尊重しましょう。だって天丼が食べたいと言っているのだから、押し付ける話でもない。天丼が食べたくて死ぬのか、アンパンで我慢して生きるのかみたいな話でしょ。バイキンマンが襲ってきてんだったらね、知らないけど。そちらはどちらでも選びましょう。

アドパンマンの実践的アプローチ

のんちゃん先生
のんちゃん先生

私はとても悲しい気持ちになりましたよ、カバオくん、どうします?もう救いたくないくらいまで思いますよ。私だったら思うんで言ってます、思いますよ、どうします?すごく失礼な話だと私は思います。で、どうしますか?

でカバオくんが『天丼!』って言ったら、知らない、もう、はい、私はごめんなさい、アンパンマンしか話せないんでって言って、次のところにうさこちゃんのところにうさこちゃん。『アンパンマン飛び方かわいいっすね』飛んでいきました、って知らないもんそんなの、みたいな感じで。

もうちょっとアドパンマン的にすごくカバオくんに関わりたいのであれば、『悲しい。そしてあなたを助けたいと思っているで、このままだとあなたは本当に死ぬぞ。バイキンマンがこの後来るんだ。お腹が空いていたらどうにもならない話だ。このアンパンマン、それでも食べれないと思うから、今から洗濯しろ』みたいなことは言うかもしれないけど。

これで選択しなかったら、しちゃうんだね、みたいなのがアドパンマンじゃないかな。やりたい部分だけやりたいように関わる?こちらは?

うんうんうん、自分ができることはできること。でこうなので、それに対して『あ、じゃあ、天丼マン、一生懸命探して呼んできます!』みたいなのを下から。うんうん、なんでそこまでしなきゃいけないの、とりあえずアンパン食っとけば助かるっていう話だろ?っていうところじゃん。うんうんうん。

なんかあの、話の設定としてはね、アドパンマンとしてはそう言うんじゃないかな。

子育てにおけるアドパンマン的関わり

のんちゃん先生
のんちゃん先生

アドパンマンとして関わることが子育てってすごく大事なのかなっていうのを、のんちゃん先生の話を聞いていたんですけど。

そうですね、大事なんじゃないかな、私は思いますね。

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

カバオくんに対してアドパンマンが関わることによって、アンパンマンが関わることによっていいことが起こるとしたら、人というのは助けてもらえる、なんだよ、協力しあって助けたり助け合ったりする存在である。自分が助けを求めたときに助けてくれる存在はいる、という学びと、あとは感謝することの大切さとか、素直に助けを求めることの大切さとかを学ぶと思うんです。

でもカバオに学んでほしくないことは、どんな態度であろうと必ず人は助けてくれるものであるとか、自分のわがままはすべて通されるとかっていう学びをした時に、将来あまりいいことがないでしょっていう。

アドラー的関わり方の効果

のんちゃん先生
のんちゃん先生

これがアドラー的なアドパンマンとしての関わり方で言うと、カバオが何を言っても僕は助けるよ、だとするとカバオは将来どんなひどい態度をとっても周りの人に助けられると思い込む。これがいいですよね、そんなわけない。

人生生きてきて『アンパンじゃねえよ、天丼持ってこいよ』みたいな奴がずっと助けられるか、助けられない。人から『だよ、あいつ本当に嫌だよね』っていう風な存在になった時に、人は離れていくしっていう、おかしな学びをしてしまう。

アンパンマンがねこび、へずらって天丼を連れてきたよね、だし『おめえアンパン食ってるわよなー』ってやったとすると、自分が何を言っても、強い存在の者には何ら意見ができないものであるみたいな学びもおかしいし。

だいたい助けてもらってる立場でそのように言って、そうなったら、そうね、そういう風に言われたら言っちゃってと思う感じなんだけど。意見っていうのは建設的に交わすことができるもので、天丼が食べたいなら天丼を食べればいい。でも命の危機が迫ってる中で天丼を選んだ結果、命を落とすことがある危険性がある中であんぱんを提示している。あなたどっちを選んだ方が幸せになるのっていう勉強じゃん、みたいなところを捉えてかかるのがアドぱんまんなんじゃないかな。

そこがアドバンスのすごいところなんじゃないかなと私は思いますね。

のんちゃん先生がアドラーを推す理由

のんちゃん先生
のんちゃん先生

改めて動画をもし初めて見た人がいたとしたら、なぜみか先生がアドラーを押しているのか?というと、なぜアドラーを押しているのかが、うん、私いろんな心理学を実は学んできました。フロイトもユングも学んだし、いろんな交流分析学とかNLPとかいろいろ学んできました。

で、教育的実践とこうしたらこうなった事例を半端なく持ってたのがアドラーで、この人ガチだなって思ったんです。実際に使ってみて、そうですね、事例が半端なかったんで使いやすかったっていうのと、本当に対子ども、対教育っていうところを見て心理学を語った人ってそんなにいないんじゃないかなと勝手に思ってて。

それアドラーさんなんですよ。だから教育とはとか、子どもに関わるとはをすごく言葉として残してくださっているっていうところもあるし、本当にそう。実際にやってみたところで、こんなに子どもが生き生きと自走し始める関係性っていうのを目の当たりにして、すごいと思ったっていうのはすごいありますね。

アンパンマンの素晴らしさとアドラー的要素

のんちゃん先生
のんちゃん先生

アンパンマンはねすごいんですよ。ひわたりチャンネルのその動画見ていただきたいんですけど、かなりアドラー的に実践がねされているの。愛と勇気をめっちゃ大事にしてるのアドラーで、アンパンマンのマーチには『愛と勇気だけが友達だ』って出てくるじゃないですか。あそことかめっちゃアドラー的なんですよ。

アンパンマンはほぼアドパンマンってことでOK、ほぼほぼ。この辺で生きている人と比べたら、だいぶアドパンマン。あと、アドパンマン?この辺に生きている人、普通に人間として私が関わる人を見ていて、私も全然アドパンマンになれないしっていうところで言うと、アドパンマンはもともとめっちゃアドパンマンです。

アンパンマンの自己受容と他者信頼

のんちゃん先生
のんちゃん先生

自己受容っていうところをしっかりしている。他者信頼っていうところが揺るぎない。基本なんか自己犠牲な感じはしますが、あの嬉々としてやってるんですよ。で『僕がパトロールなんかしなきゃいけないんだよ、まったくさー』とかって言ってるあったのアンパンマンで、アンパンマン見たことないじゃないですか?

基本、基本嬉々としてあれをやりたくてやっているんです。彼はすごいじゃないですか。うん、でみんなからのありがとうをもらって幸せに生きてるんです。アンパンマン。

だからめっちゃいい、めっちゃいいんだけど。ひわたりチャンネルで出て楽しかった、ありがとうございました。確かに暴力で解決しているアンパンチ、アンパンチで解決しているじゃないか、それはアドラー的じゃない確かに。と自分の顔焼けてねえじゃないか?確かに。ジャムおじさんがいなくなったら、アドパンマンは生きていけないのであれば、アドラー的ではない確かに。

この2点ですよね。それ以外はね、めっちゃアドパンマン。やっぱやなぜ?やなせたかしさんすごいです。よ、すごい人なんで、やっぱりアドラー、アドラー的にもそうだったんだと思う感じですね。すごく見習った方がいいところの方が多いんだけど。

感謝が得られない場合のアドパンマン的対応

のんちゃん先生
のんちゃん先生

じゃあカバオくんが『なんで今日天丼じゃん、天丼まんにできてよ、握り飯の方がいいし』みたいな、うさこ先生の学級がそうなった場合、アンパンマンはどうなるのだろうって言うと、感謝が思うように得られなくなるので、それでも危機としてやったら本当にアドパンマンなんですけど。

その時に『いいよ、僕が天丼マンもおにぎりマンも呼んでくるし、メロンパンちゃんも呼んでくるよ、みんなが食べたいものを食べられるように僕は頑張るよ』ってなったら、それは下からの自己犠牲ですね。それ、あなた何の満足が得られて何してるのっていう話になる?

話を聞いていると、もしかしたらアドパンマンだったら、そもそも顔を上げるっていう選択肢以外と選ぶのかな?

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

そう!だからさ、そうよ。ひわたりチャンネルで提案してるのそれよ。ジャムおじさんが、夜間でも自分の顔が焼けるようになったら、別に今自分がついてる顔を切り取る必要はないわけですよ。

朝からいろんな人をお元気にしたいなと思って、アンパンマンの顔を10個くらい焼いて『よいしょ!』って持って行ったとすると、僕の顔を待たせよってしなくても『はい、焼いたやつのアンパンを、はい』ってすればいい話。これが健全。

なんかそうですよね。

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

そうなんですよ。自己犠牲的に見えるところが美しく見えるところではあるんですけど、アンパンマンの売りとしては、このついているものを剥ぎ取ってあなたにあげましたけれどもが自己犠牲に見える。いっぱいアンパン焼きました、うちの一欠片どうぞってやってるうちには、そう自己犠牲に見えない。

だから自分でアンパン焼けるようになれよって、ひわたりチャンネルって言ってんの、すごい面白かった。確かにと思って。

他者支援における自己生成の重要性

のんちゃん先生
のんちゃん先生

そうなんですよ。他者貢献っていうか、他者支援みたいなところに携わりたい方ってたくさんいて、それは素晴らしいことだと思うんだけど、そしたらそこに費やすエネルギーとか、お渡しする時間とかあるわけじゃないですか。

ここは自分で正しく製造できるのであれば、無限にできる他者支援って、たくさんのありがとうがもらえる。でも私すっごいお金ないし、すっごい時間もないんですよ。そこは剥ぎ取って差し目した『あなたのためです』みたいなやつ、自己犠牲。重い。すごいちょっと暴言入ってるかもしれないけど、その辺はカットですね。

なんかそうなりがち。それがしたいのであれば、自分で楽しく自分の時間とか元気とかエネルギーとか生成していきましょう。でそれのために何が必要かというと、自分の好きなことをしましょう、やりたいことをしましょう、自分の会いたい人と会いましょう、みたいなのが、今後のエネルギー源としてすごい大事なんですね。

対人支援における自己犠牲の危険性

僕がすごい感じているのは、よくある自己犠牲を身を削りながら、対人支援している人の姿にすごいよく似てるなって。その辺がすごいアンパンマンと対人支援につながってて、ちょっと心が痛い。

生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生

ああ、全然いいと思うんですよ。その人たちが満足して幸せなのであればです、やってる方たちが。でも、なんかきつい、なんか苦しい、『なんでこんなに私がやっているのに』って思ったらサイン。

私もめちゃくちゃあった人なので、そうなんですけど、『なんでこんなにやっていて、なんで私ばっかりこうで、こんなに頑張っているのに、ありがとうもなかった』みたいなとこにもやもやし始めたときに、サインで、サインで気づいたら『あ、これはなんか自己犠牲になっているな』。

アンパンマンで言うと『力が出ないよ』ってちゃんとなってるじゃないですか。なるんですよ。自己犠牲っていうのは力が出なく。顔が半分で『力が出ないよ』みたいになるじゃないですか。そう、なるんですよ。

で、その時に必要なのがやっぱり人からの応援だったり人とのつながりだったりする。だからジャムおじさんが作ってくれたパンで『シャッ』ってなるのは、ある意味すごく練り込まれたっていうか?さすがやなせたかしさんっていう感じなんです。

理想的な支援のあり方とは

のんちゃん先生
のんちゃん先生

これがアンパンマンが朝から早起きして一人で黙々と自分の顔を作り、誰も助けてはくれないのだけれども、自分の顔を困ってる人たちに配りって言って、すごく満足してるんだとしたら、相当な変態だと思う。

みんな求められたいし、つながってるって思いたいし、つながってるって安心感のもとを何かを頑張る力が出るみたいなのが人間なんです。あのアドラーの幸せの3原則に他者信頼に自己受容、貢献感ってありますけど、他者との信頼感で言うので結ばれてるから元気が出るみたいな人間の構造です。

だから私のアドパンマンの理想としては、黙々と一人でアンパンマンが朝からっていうよりは、『アンパンマン昨日もすごい助かったよ、アンパンマンがいるからいいよね』。バタコさんとチーズとジャムおじさんと一緒にパンを作り。

アンパンマンは一人になっても作ることはできるのだけれども、すごい応援したいジャムおじさん、バタコさん、チーズとか『いいよ、皮を剥いてもいいよ』。みんなでアンパンマンの皮を作って、今日も困ってる人に届けるねが理想形なんじゃないかな。みんなみんなそう、みんなそう。

仲間の支援を求めることの大切さ

のんちゃん先生
のんちゃん先生

自己犠牲の他者支援みたいになっている方がいるんだとしたら、もうちょっと周りに応援を求めた方がいい。求めていいよ、いいよって応援してるよっていう仲間のエネルギーを感じながら進んでいった方がいい。

お子育てにも言えるなって言います、言えると思います。私、みか先生とかとやらせていただいてますけど、だいたいこの源さんやたかあきくんの2人がいなかったら、このチャンネル成り立たないし続かないんですよ、全然。すぐやんなっちゃう人なので、多分1ヶ月ともたない。

もうなんか応援してくれて『いいね、いいね』って言ってくれる人と一緒に進める。だから『遠くに行きたいんだろ、みんなと行け』っていうのは本当にそうだと思っていて、そういう存在に感謝しながら進むっていうのがすごく健全。

楽しくない?他者支援がしたいのであれば、いっぱい信頼できる人とつながれる人であればいいんじゃないかなって思いますね。

アンパンマンは名作である理由

のんちゃん先生
のんちゃん先生

求めると、アンパンマンは名作です。日本的だと思います。だからやなせたかしさんっていう人はすごい方で、すごい偉業をたくさん成し遂げた方だからこそ、あのストーリーが浮かんできたんじゃないかなって?

アドラー的に上げ足を取ればいろいろ出てきますが、じゃあジャムおじさん、チーズ、バタコさんっていう?アンパンマンに絶対的な信頼を寄せるメンバーがすぐそばにいて『絶対助けるよ』っていう仲間としてあそこにいて、はい。

なんかしょくパンマン、カレーパンマンとの関係性は分かりませんが、割となんか映画とかになると横にいる存在がいて、でこそのアンパンマンっていう?あの位置づけは、アドラーの共同体感覚とすごく近いんじゃないかな。

ちょっと自分で焼いてるところがあまりにクローズアップはされていないので、それだと『その人いないとできないってことじゃん』っていうところに上げ足を取ることはできるけれども、基本的にその共同体感覚っていう仲間の応援のもと、そして他者に貢献することで、カバオくんとか、うさこ先生とかからめっちゃありがとうをもらいながら、毎日幸せにパトロールをしている、本当に頑張り屋さんのアンパンマンっていうキャラクターが存在してるんじゃないかなと思うと、すごくアドラー的だなって基本的には思いますね。

まとめ

のんちゃん先生
のんちゃん先生

そこを題材にして取り上げてるひわたりチャンネルさん、あのもうすっごいアドラーの本質をわかりやすく伝えていて、私はすごい大好きなので、ぜひぜひそちらも合わせて聞いていただけると嬉しいです。


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この記事を書いた人: 梶谷希美

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