【社会問題】放置子問題~どう関わる?【対応】
恩着せがましい?「頑張らない」子育て・教育の極意【感謝できる子に】
「お母さん、それやるのが当たり前だと思ってない?」
子どものために良かれと思って身を粉にして頑張る保護者や先生たち。しかし、その「善意の頑張り」が、実は子どもの自立を妨げ、感謝を知らない「お客さん状態」を作り出しているとしたら……?
元小学校教諭で、現在は子どもたちが自ら考え動くキャンプや教育活動を展開するのんちゃん先生が実践する「頑張るのをやめ、あえて恩着せがましく伝えること」
一見、教育者らしからぬ言葉に聞こえますが、子どもが社会で「必要とされる大人」へと成長するための戦略です。
なぜ優しくするだけではダメなのか? なぜ「お母さんはこれだけ大変なんだ」と白状することが子どもの瞳を輝かせるのか?ぜひ参考になったら嬉しいです。
頑張る大人と動かなくなる子ども
みか先生は、すごいびっくりしたことがあったんですけど。
生徒T
のんちゃん先生
何ですか?
この前キャンプに同行させてもらった時に、子どもたちが自分で考えて自分で動く。例えば、ご飯とかも全部自分で作っちゃうみたいなことを見て、「なんだこれ」と思ったんですけど、どうやって子どもたちと関わってるんですか?
生徒T
のんちゃん先生
あ、この間のキャンプですね。
はい、キャンプです。栃木の学校に行ったキャンプですね。
生徒T
のんちゃん先生
そう。あれはですね、作るんですよ、ああいう状態を。
はあ。
生徒T
のんちゃん先生
本当にいろんなとこで言っていただけるんですけど、私と関わってる子はですね、自分で動くようになるんです。何にも言わなくても自分で動く。動きたいと思って動くようになるのは、えっと、大人が頑張らないことです。
頑張らない。
生徒T
のんちゃん先生
そう。もうね、頑張れば頑張るほど子どもは動かなくなるので。大人が頑張れば頑張るほど、子どもはお客さんになっちゃうんですよ。持てなされるお客さんになっちゃうから、本当に子育てとか教育に大事なことは、大人が頑張らないことだと思ってます。
先生が直面したコミュニケーションの壁
なんかあんまり理解ができない。
生徒T
のんちゃん先生
私、本当に先生になって、担任の先生っていうのになった時に、一番最初にめっちゃ辛くなったんですよ。
一番最初って言うと?
生徒T
のんちゃん先生
教員1年目、担任もって1年目。担任もって1年目にも、なんかね、1学期の途中くらいだから、めっちゃ辛くなっちゃったの。結構こう友達同士のコミュニケーションとか、まあ、自分がね、付き合いやすい、居心地がいい人と友達ってなるわけなんだけど、友達同士のコミュニケーションとか関わり方で言えば、なんかこっちが頑張ったら頑張ってくれるじゃないですか、向こうも。
うんうん。
生徒T
のんちゃん先生
なんかね、例えば一緒に旅行に行きました。「あ、じゃあ行き運転するよ」って言ったら、「帰りは運転するよ」とか言ってくれるじゃないですか。とか、「あ、箸出すね」って言ったらコップ出してくれたりするわけですよ。それが健全なコミュニケーションですよね。ギブギブギブでも、テイクテイクテイクでもなくて、こうお互いに頑張る割合っていうのが等しくなるように人って付き合うじゃないですか。
うん。
生徒T
のんちゃん先生
で、それがこう割と友達関係とか、恋愛でも何でも、パートナーシップとか何でも、居心地がよく一緒にいたいなって思える相手として人と付き合う方法だと思うんですよ。これがですね、こっちがやっても返ってこないんですよ、子どもってまず。
ああ、なるほど。
生徒T
のんちゃん先生
だって、ちっちゃいうちからで言うと、何にもできない0歳児から行くとですよ。親が洗濯、掃除、えっと、ご飯も作って、なんか朝も起こしてあげてとかを普通に受け入れてる人たちじゃないですか、子どもって。
うんうん。
生徒T
のんちゃん先生
「そんなの大人になったら全部全部やってもらって、私は働かないです、ずっとゲームしてます」みたいなのってもう生きていけなくなるわけですよね。なんだけど、子どもってやってもらうことに対してが当たり前感がすごくて。
のんちゃん先生
まあ、先生になって「あれやったよ、これやったよ」って、子どもたちのためにと思ってやっても、何も返ってこないんですよ。なんなら「ありがとう」もないんですよ。
ほう。
生徒T
のんちゃん先生
で、こっちが頑張れば頑張るほど、こうボケっとしてるわけですよ、子どもたちは。すごい辛いって思って。でも、「ありがとうって言え」とか、ちょっとなんか普通の大人とのコミュニケーションでは言わないじゃないですか。
確かにね。
生徒T
のんちゃん先生
「私これお箸出したんだけど、ありがとうって言って」とか言わないじゃないですか。
嫌だ。
生徒T
のんちゃん先生
そんなね。なんか恩着せがましいし、なんか「私こんなにやってます」みたいなのってするコミュニケーションって一般的ではない。すごく嫌なやつじゃないですか。
はい。
生徒T
のんちゃん先生
だからしないわけなんだけど、普通は。でもこのままだと私ばっかりが頑張って苦しいし、全然なんか健全なコミュニケーションじゃないって思った時に始めたのが、今の私のスタイルですね。「頑張らない」。
うん。
生徒T
のんちゃん先生
頑張らない。そして、頑張った時には「恩着せがましく説明する」。「恩着せがましくいく」っていうのを始めたら、子どもが自分で動くようになったんですよ。
「当たり前」を排除するための徹底的な言語化
ほほう。詳しく……。
生徒T
のんちゃん先生
だから、子どもたちと関わる時って、例えばキャンプとかに行くと運転は大人ですよね。代わってもらうことができないわけじゃないですか。ってことは、彼らはお世話になってる立場ですよね。 それは口で言わないと、当たり前だと思ってんですよ、運転してもらうことって。
のんちゃん先生
それそうですよね、自分はいつだって運転してもらってるわけだから。 だから私が関わるコミュニケーションは、すごく「運転って疲れます」でなんなら、「宇都宮駅を出てからここまで 1時間半ほど、1人で運転をしてきました。みんなは何もしていないのに黙って降りるのは感じが悪いです」
のんちゃん先生
すると。 「『ありがとうございました』っておありがとうが聞けると、すごく気持ちよく運転ができて嬉しいです」っていうのを全部言語化して伝える。恩着せがましいんだけど。そうすると「運転してもらった当たり前」が消えますよね。
うん。
生徒T
のんちゃん先生
感謝が言える子になる。素晴らしいじゃないですか。 であと、そのやってあげちゃったら、やってもらうことが当たり前になっちゃうから、「やってもらえたら嬉しいっていうこと」と「あなたたちはこれができる」っていうのもめっちゃ伝えるんですよ。
のんちゃん先生
で、実行委員のキャンプって子どもたちが企画しているので、実行委員の子たちがいるんですけど。才能爆発室っていうのにいる子たち、実行委員の子には、子どもたちが企画して集客もしてお給料を彼らってもらってるわけなんですけど。
のんちゃん先生
「お金をいただく立場になるのであれば、正直私、ここの収益ゼロです」と。あ、これも恩着せがましいんですけど。 「皆さんへの、皆さんの学びと皆さんの実践っていうところに頑張りたいなと思ってるので、私は給料なしで働いてます、皆さんと関わる時ね」で、なんなら「普通に働いたら1時間でこれくらいの稼ぎが得られる人間です」と。
恩着せがましいですね(笑)。
生徒T
のんちゃん先生
恩着せがましい。大変感じが悪いんですけど、言うんですよ。言わないとわかんないから、相手が。そう、知らないから。知らない事実を言語化してるだけなんですけど。 なので、理想はですよ。「私が何にもすることがなく、皆さんだけでこのキャンプっていうのが回るのが理想ですが、おそらくそれは難しいと思うので、助けてあげてもいいです」と。
のんちゃん先生
「助けてあげてもいいですが、助けてもらった時に次は自分がやるぞと、今足りなかったのはどこだろう、次は自分がやるぞと思ってください」っていうのは伝えてあって。だから「なるべく私を動かさないように働いてですよ、彼らは」みたいな関わりとかっていうのは、こうクラスの担任をしてる時もそうだし、いろんな子たちと関わる時にそうです。
「権利と義務」として、大人の現状を伝える
のんちゃん先生
例えばフリースクールとかで言うと、こう重い荷物とか持ってる時に、「なんで私ばっかりが持っていなければならないんですか。すごく重くて手がしびれてきました。なんなら一番年を取っているのは私です」って伝える。
のんちゃん先生
「持ってもいいですよとか元気がある人は持ちますということは、すごく大切なことだと思います」っていうのを伝えてるので、なんか私が持っていると「持ちます、持ちます、持ちます」って子どもたちが言う。「ありがとう」ってそこで感謝を伝える。
のんちゃん先生
っていうのは。 目指すべきゴール、目指したいゴールっていうのは、子どもが将来活躍することです。社会に出て何か他の人が困っているところとか、自分が力を出せるとこ、手伝えるところは手伝います、やりますと。自分から動く人の方が、必要とされるじゃないですか。
のんちゃん先生
感謝もされるし、仕事もできる人間ですよね、それが。 なのでそっちの方に向かってほしいので、あえて大人は「何もしない」くらいの方が、子どもは活躍する方向に向かって育っていくわけですよね。
のんちゃん先生
なので普通のコミュニケーションだったら、そんな恩着せがましいことは言わないですよ。言わないし、例えば重い荷物持ってて、一緒にいる友達とかね、今のこの3人でもいいですけど、が「持つよ」って言ったら「あ、大丈夫、持てるよ、ありがとう」これが健全なコミュニケーション。
のんちゃん先生
なんだけど、これを子どもにしちゃうと、子どもは「あ、持たなくていいんだ、人の荷物は」ってなる。だからこそ「私は君らよりも年老いているんだということと、この荷物は結構重くてもうもう30分持った」みたいなの言うんですよ。
のんちゃん先生
そうしたら「持ちます」って言うの。「ありがとう。そういう風に言えることってすごい大事なことだよ」って。 これは私だけの話じゃなくって、ここにね、すごい……本当は他に行ったほうが……そう、だから今回の部で言うとね、言ったドライバーとして来てくれているタカキ君とか来てくれてる方が、「他に行ったらね、稼ぎが得られるのにね、ボランティアで来てくれてんだよ」と。「そしてつまらない運転を何時間もしてくれてるわけなんだよ。これは当たり前のことではない」っていうのは言ってあるから。
のんちゃん先生
めっちゃなんかこう、何かしようとしたら「あ、僕らがやります」みたいな風にして動いているのは、絶対そっちの方に育っていった方が、きっと将来幸せに生きていけると思うから、あえて大人の大変さっていうのはめっちゃ説明するようにしてます。
のんちゃん先生
ですかね。だから頑張んないこと。全部背負い込まないこと。辛い場合には「この、これを背負い込むということがどれくらいのこう時間がかかって、すごい大変だった」っていうのを恩着せがましく言うことっていうのはすごい大事。
のんちゃん先生
で「この助けてくれたこととか『やります』と立ち上がってくれたことへの感謝」っていうの、「あ、こうやって動くと人に感謝されて気持ちがいいんだ」っていうのを知ってほしいから、めっちゃやってんなって思いますね。
うんうん。
生徒T
のんちゃん先生
そうすると自分たちで動く子たちになると思います。
学校の先生時代から貫く「言語化の権利と義務」
全然コミュニケーションの仕方違うんすね。
生徒T
のんちゃん先生
違う。大人に対しては言わないですよ、そんな恩着せがましい(笑)。言わない言わない。ね、もう子どもにはあえて全部口に出して言うように、本当してますね。学校の先生だった時からそうです。 子どもたちの聞く姿勢とか態度とか動きとかがすごいダラっとしてて、「舐めてんのかこの野郎」って、大人だったら「あ、すっごい舐めた感じだな」ともう「この人とはあんまり関わりたくないな、一緒にいて気持ちがよくないな」って思う態度を子どもがした時に、めっちゃ言う。
のんちゃん先生
「私さ、この授業用意するのにさ、昨日もさ何時まで準備してさ。でさ、みんな何にもやってないじゃん正直。40分から授業始まってるけど、この20分間何にもしてない人たちに対して、私がずっとこうやって、これもして、あれもして、これもして、これもし。すっごい気分が悪い。だって態度が悪いんだもん」って。
のんちゃん先生
「もうやる気を失ったし、みんなのために頑張って準備しようとかっていう気も失せたし、あ、もうどうでもいいやって思いましたが、どうしますか?」って聞くと、シャキーンとなって「すいませんでした。手を挙げます」みたいなった時、
のんちゃん先生
「協力し合っていこう。それがすごい大事だと思うよ」って。 「何かしてもらうのは当たり前のことじゃない」って。「頑張っている人がいて成り立っているところに感謝の気持ちがなかったら、あなたとは関わりたくないと思われるよ」で伝える。
のんちゃん先生
こんな言語化、絶対大人にしないけどうんうん。けどそのまま子どもたちが育っていったら、「人が離れていっちゃう人」になるんですよ。だからこそあえて言語化する。立場に、親とか教師、教員の先生っていう立場で関わる人っていうのは、言語化する「権利」を、「権利と義務」を持っていると思っていましてですね。
のんちゃん先生
だからこうテストの丸をしました、返しますっていう時には、フンって取り上げていくとか……「ちょっと待って、私この⚪︎つけ結構大変で、なんなら皆さん38人いるでしょ。38人のこのテストの丸するのに昨日始めたのは夜の9時で、それが終わったのは10時。正直早く帰って寝たかったけど、ま、仕事だししょうがないしと思ってやりました。気分が悪いので返却しません」ってやる。
のんちゃん先生
そうしたら「ありがとうございました」で、「その……大変でしたか、ありがとうございました」みたいなのを言う子たちになる。気持ちがいいじゃないですか、そっちのコミュニケーションの方が。
うんうん。
生徒T
のんちゃん先生
だから苦労っていうのは「隠れてするのは美徳」だし、本来は素晴らしく美しいコミュニケーションだと思うけど、子どもたちには言う。
のんちゃん先生
っていうのは本当に、最初の1学期間とかどんどんどんどん辛くなってっちゃって。 え、「重い荷物って持ちますよ」とか言ってくれるのが、大人のコミュニケーション、気持ちいいコミュニケーションで当たり前だったけど、「私が黙ってたらこの人たち一生持たない」って思ったんですよ。
のんちゃん先生
その時に「あの、ちょっといいですか」って言って。「なんでみんなのノートを私が1人で持たなければなりませんか。みんなのノートでしょ。私、丸してあげる立場でしょ。『持ちます』って言ったらすごく気持ちがいい話だと思う」っていうことと、
のんちゃん先生
「将来必要とされる大人っていうのは……」で大人の例でよく出すんですけど。 これ他の動画ではもう言ったかもしれない。校長先生が椅子を4つ持って重そうに歩いていますと。私も体育館に用事があって、同じこう体育館に行く用事があるんだけど。校長先生こうやって重そうに持ってるところ、「おはようございます。重そうですね、先行きます」って言ったらどう思うと思う、校長先生って? 「あなたたちがしてること、それだよ」っていうのは、もう本当に何度もいろんな子たちに言った。
のんちゃん先生
感じが悪いし「使えねえな」って思われるよって。 「これ気持ちいいコミュニケーションっていうのは、『持ちますよ』『あ、ありがとう』『いえいえ、いつもありがとうございますだよ、やろう』」って言ってたから。
のんちゃん先生
だからその周りにいる子どもたちが私だけに荷物を持たせようとしないし、「手伝いますよ」とか「やりますよ」っていうのが生まれてきて。 「ありがとう」をたくさんできる人になろうって。それがやっぱり幸せになる一歩だと思うからこそ、大人は頑張らないのが大事だと思いますね。
貢献感こそが、子どものエネルギーの源
とはいえ、やっぱりその視聴者さんの中には「いや、子どもなんだからもうちょっと優しく言った方がいいんじゃないの?」みたいに思っちゃう人もいるのかなと思うんですけど。子どもだからこそ、ま、子どもに重たいものを持たせず親が持ってあげるとか、どうしてもしたがる親も多いのかなと思うんですけど。
生徒T
のんちゃん先生
うん、そうですよね。そうですよね。あの、「重たいものを子どもに持たせろ」という話ではなくて、「人は協力して生きていくものだ」っていうのを子どもたちにこう実感してほしいっていうのがすごくあります。 で、えっとぜひ本当に、キャンプとかね、なんとか大人見学枠もあるので見に来ていただきたいのは、子どもたち本当に、嬉々として動いて「ありがとう」ゲットしてます。
のんちゃん先生
これは「いやいや、しょうがねえな、やるか」みたいな感じじゃないんです。人が嬉しいなと思う瞬間って自分に置き換えてみてもそうなんですけど、全部全部自分のお世話は誰かがしてくれて、私は何にも役に立てるところはなく、「あれやるよ、これやるよ。って何にもしなくていいよ」と言われて生きているよりも、何か役に立てて「あなたがいてくれてよかった、ありがとう。あなたがいるとこんなに助かるよ」っていう言葉をもらえる、これ「貢献感」。
のんちゃん先生
アドラーでいう幸せの三原則って言われるそのうちの1つで、貢献感っていうのが人のエネルギーの元なんですよね。 だから子どもたちも「ああ、あなたがいてくれて助かったよ、ありがとう」っていう言葉をもらった時に、本当に生き生きと嬉しそうに「次何ができるだろう。これもやりますよ、これもできますよ」って動き出すのが、
のんちゃん先生
やっぱり人間のすごく根本的なエネルギーの源なのかなっていう風に思う時に、やってあげたい気持ちはすごく分かる。だって大人の方が頑張れる気がするし。でもやればやるほど子どもは「怠け上手」になる。何にもやらなくなる。 やらない子どもたちの表情と、「いや、やります、ありがとう」って言われながらやれることを探していく子どもたちの表情を、ぜひ違いを見ていただきたい。本当に嬉そうに幸せそうに動きます。
「可愛い時期」のうちに、自立の種をまく
のんちゃん先生
で、そのためにはちょっと勇気を出して、自分が任せてみることというか。「やってもらえたら助かるな」っていうのを言ってみることで、いうのが私はその教員になって「あれ?」と思ってやってみた、子どもたちにお願いしてみたところ。
のんちゃん先生
とても子どもたちがキラキラと輝き出したっていうのがこう自分の経験としてはあるので。 やってみたい気持ちは分かる。で、やって見てもらいやすいように、子どもって可愛く生まれてくるんですよ。動物も人間もそうなんですけど、赤ちゃんって可愛いんですよね。 子どものうちって可愛いのは、奉仕してもらえるから。
のんちゃん先生
だって笑っただけで可愛かったり、動いただけで可愛かったりするじゃないですか。 間もなくその時代は終わるんです。子どもたちが可愛くなくなってくるのが、高学年とか小学校高学年とか中学生、高校生くらいになると、「可愛いからやるよ」っていう人はどんどんと周りから消えていく。
のんちゃん先生
てなった時に、やっぱり自分で「ありがとう」ゲットできるように成長していることっていうのが、やっぱりすごい自立っていうところとか、幸せっていうところに関わってくると思うので。なるべく可愛いうちからそれができた方が本当に可愛がられる。 で、可愛くなくなってからいろいろこう叩き込まれたとしても、「あの、やるもんだよ、自分で」とかって言ってもなかなかハードルが高くなってくるなってすごい思うので。
のんちゃん先生
「重い荷物を無理に持たせろ」っていう意味じゃないです。「持ちます」って言ってくれた「ありがとう。すごく嬉しいよ。でもこれ重いから、じゃあ半分持ってもらってもいい?すごい助かる」って言って、彼らが「ありがとう」をたくさん気持ちよくゲットできる空間を作っていくっていうのが、すごい大事かなと思いますね。
まとめると:頑張ることを手放し、子どもを信じて任せる
のんちゃん先生
まとめると、そうなんですよね。なんかやってあげたいもあるし、「自分の方が早くできる」も大人はすごくあるので、頑張りがちで。 お母さんたち、こう関わってきて本当に頑張り屋さんで、なんだろうな、人に対して優しくいたいと思うからこそ、私……優しいからこそ「子どもにたくさんやってあげる」ができるのは、本当に素敵なことだと思います。
のんちゃん先生
でも私が教員としてとか、今、子どもたち、いろんな子どもたちとこう関わりながら思うのは。で、何度も何度も子どもたちに伝えるのは、「それ全部お母さんに毎日やらせてんだよね。ありがとうって言ってる?それ当たり前のことじゃないよ。あなたたちのお母さんが素晴らしいからできることで。私があなたのお母さんなら、とっくにやってない」っていうのは本当にめっちゃ伝えます。
のんちゃん先生
子どもたちがより幸せに、自分でできることを増やしながら、人と上手に付き合いながら自立しながらっていう風に生きていくのを応援したいと思うのであれば、ぜひ「頑張ること」を少し手放していただいて。
のんちゃん先生
「お母さん辛いよ。これもやって、あれもやって、これもやって。それでこうご飯がまずいよとかって言われたら、二度と作るかこのクソがきだと思うよって。でもあなたのことが好きだから作るよ。その言い方はやめてほしい」みたいな関わりとか。
のんちゃん先生
なんかちょっと恩着せがましいのかもしれないけど、っていうことを言語化して伝えることで子どもたちは学ぶので。「頑張るをちょっと手放す」っていうのはぜひチャレンジしていただけたら嬉しいなと思います。
のんちゃん先生
なんかね、すごい言われるよ、子どもたちに。「恩着せがましくないすか?」って。 うんうん、だって言わないとわかんないじゃん、やってみたことないでしょって。言うしたら、「ほー」っていう。だから同じことをやれって言ってないわけ。「協力して、あなたたちと一緒に生きていきたい、気持ちよく」って言ってるわけ。
のんちゃん先生
「はいはいはいはい、って。はい先生文句言うのでこれやってあげるましょう」みたいな(笑)、出る。
うんうん。
生徒T
のんちゃん先生
そうすると自分たちで動く子たちになると思います。
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