子どもの可能性を最大限に引き出す!「厳しい」関わり方

大人が子どもに関わる際、良かれと思っていても、その関わり方が子どもの可能性を狭めてしまうことがあります。今回の記事では、子どもが本来持っている能力を最大限に引き出し、自発的に成長を促すための「厳しくも愛のある」関わり方について、具体的な事例を交えて解説します。

のんちゃん先生
のんちゃん先生
今日は、大人の関わり方が子どもの可能性を狭めてしまったり、子どもが本当はできるんだけれども、そこが伸びないっていう結果に繋がってしまうっていうお話をしていきたいなと思います。
お願いします。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
関わり方によって、子どもたちってすごい何でもできるんですけど、関わり方によっては「そのくらいしかできないんだな」っていう関わりになるんだなっていうのは、私は自分のクラスとそれ以外のクラスっていうのを見ていった時にすごく感じるし、今「才能爆発教室」とかっていう風に関わっている子どもたちの発言とか深みとか提案力みたいなものを、あの他の方に言うとすごく驚かれるんですよね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
でも私にとってはそのくらいできることが普通なので、じゃあどういう風な関わりをしたらその部分が伸びていくんだろうっていうお話ができたらなと思います。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、これ前回の動画でお話ししたこの「厳しく」にすごく関わってくるところで、じゃあ最初からあのそうやって厳しくしたら何でもできるよっていうんじゃなくって、ステップがありますっていうのは是非前回の動画をご覧いただければなと思いますし、概要欄に貼ってありますので。

厳しさが子どもたちのレベルを引き上げる具体例

のんちゃん先生
のんちゃん先生
その上で、厳しく関わっていたかというのを具体例でお話しするとですね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
例えばクラスで何かしらの発表があります。グループごとに、例えば国語の物語文のこの場面をグループで劇みたいに見せましょうみたいなのって結構学校ってあったりするんですけど。そういうのをしていく時に、私が全体のレベルを引き上げるためにやっていたのは、バーっと見て一番よくできている、うまくいっているグループに「ちょっと前に出てやってみてもらってもいい?」って言ってやってもらいます。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
一番うまくできてる子たちをわざと指名してました。声も出てるし、ハキハキ言ってるしみたいな感じなんですよ。で、私が知る限りにおいては、例えば小学校5年生とか4年生とか6年生とかそのくらいの子たちで言えば、もう全然合格。「よく頑張ってるね」って頑張った頑張ったのレベルの子たちを前に出してこう言ってもらって。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、そこで言うのが、「私が思うになんだけど、10点満点中1点。」低く低くでよく伝えていて。「1点?」ってなります。「どういうこと?どういうこと?」って。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「10点っていうものはどういうものか」って言うと、「そもそもこの一場面を表現しようっていうのは、主人公の気持ちになりきってその気持ちを深めようみたいなのが目的に書いてあります」と。「今のあなたたちのは読んだだけ。それは主人公のどのくらいの気持ちの何を表現しようとしてそうやって言ったの?じゃあその『ふざけんなよ』って主人公が言う場面って、棒立ちでそうやって『ふざけんなよ』って言ってると思う?全然深められてないし、主人公の気持ちになってるとは到底思えません。ただただ大きな声で読んだだけは1点とします」と。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「じゃあ10点っていうのは?」って言ってちょこっと見せます。私そういう演劇とか好きだから割とバーンってできるんですけど。「これくらいできて10点だね」って。「10点取れる人はなかなかいないから、まあせいぜい5点くらいを取れるように頑張ってもらえるといいな。みんなだったらできると思うよ」って言うと、もう練習してた雰囲気がガラっと変わるんですよ。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「やばい、やばい、やばい、やばい。これじゃみんな1点以下だよ」とかって言って。「まず教科書持ってる時点でありえないよね。これだけの短いセリフのこの範囲だったらみんなだったら覚えてできるよね」って。「どうしてもの場合を除いて、こうやって主人公の気持ちを深めて表現してるとは私は到底思わん」って言うと、教科書置いてどういう動作をつけるとか、ここは悔しいんだよって。悔しい時にどうするみたいな、こう子どもたちが動き出します。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
そしたらまたちょっとうまくいってそうな人たち呼んで、「はい、これで3点です」みたいなの見せていく。「もっといけるよ。例えば小道具も使えるんだよ」って。「その机だって使っていいし、先生のとこのこれ持ってきて、これを石と見立ててやったっていいわけだよね。なんで手ぶらでやってんの?」って。「できることはたくさんあるよね」って言うと、またまたバーってレベルが上がっていきます。で、発表の日を迎えると、他のクラスから見て「ああ、すご」ってなるみたいなことをいつもやっていて。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
なので、子どもたちが何か提案とか企画っていうのを持ってきた時に、「ああ、頑張ったね、いいね」っていう段階もあるでしょ。もちろん頑張ってることは素晴らしいし、声が出ていることは素晴らしいと思います。その上で、「みんなだったらもっとできると思うので」っていうので、どんどんどんどん上のちょい上、ちょい上、さらにストレッチがかかったっていう提案をどんどんしていくと、子どもたちね、すんごいワクワクついてきてくれるんですよ。っていう関わりをずっとしてるなっていう風に思います。

お楽しみ会に見る「厳しさ」と「創造性」

のんちゃん先生
のんちゃん先生
だから私のお楽しみ会もすごいレベル高かったんですけど、それなんでそうなってたかって言うと、じゃあクリスマスパーティーをしましょう、2学期の終わりに、みたいな話になった時に、「クリスマスパーティーは鬼ごっこと長縄をします」とか出てきたりするんですよ。で、それに対して「うん、オッケー。じゃあ楽しもうね」ってしない。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「なんでクリスマスに鬼ごっこと長縄なんですか?全然関連性が見当たらないんですけど。そもそもクリスマスっていうのはどういうもので、何のためのパーティーですか?」って言うと、出てくるわけですよ。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
クリスマスっていうのは、あの調べてくる子もいてね、「キリストさんのどうのこうので」みたいなって。で、「何のためにするの?」って言ったら、「2学期の間みんなで協力して頑張っていたねぎらいであり、みんなが楽しめるお楽しみ会であり」っていう風に出てきた時に、「じゃあ大縄と鬼ごっこっていうのが出てきて、それ全員が楽しめますか?運動が苦手な子とか大縄が苦手な子は、それはみんなが楽しめる頑張ったねぎらいになるのかが、私はさっぱり脈絡が見えません」って言うと、「やばい、ちゃんと考えないと企画が通らない」ってなるんです。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
そうすると、「クリスマスだからこそトナカイとサンタに分かれて鬼ごっこをします」とか。「で、プレゼントをサンタがばら撒きながら走ります」みたいな面白い企画が出てくるんですよね。「あ、クリスマスっぽいね」と。「クリスマスにしかできない鬼ごっこなんだね。分かった、分かった」と。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「で、みんなが楽しめる、みんなのこの2学期間頑張ったねぎらいっていうのはどうするの?」っていう風に伝えた時に、子どもたちが色々こう組み合わせて提案をしてくれる。で、「それじゃ全員が楽しめないと思う」とか、「え、それで5年生のレベルでそのレベルなんだね。1年生でもできそう」とかよく言うんですけど、私。そうすると、「やべえ、やべえ、やべえ」って言って、こうどんどんどんどん面白くなっていった時に、「ほら、みんなはこんなにできる。みんながそうやって色々考えて発想して、やったこともないようなことをやってみるっていうのが、どれだけワクワクして楽しくって、自分自身の力を『あ、自分ってこんなにすごいんだ』って思える機会にお楽しみ会っていくらだってなるんだよ」っていう風に伝えていたので、本当に楽しみ会自体を子どもたちがすごく楽しみにしていたし。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「それじゃあ私は楽しめない」っていう女の子とかが出たりすると、「どうやったらその子が楽しめるか」っていうのを色々アイデアを出して、「じゃあ走るのが嫌だったら、例えばサンタの荷物詰め係みたいなのがあったらどう?」とか、色々考えて、みんなが楽しめるためにはどうやったらいいだろうっていうのを子どもたちが考える機会になっていたかなって思いますね。だから彼らの可能性を信じて、「もっと」と、いけるんじゃない?っていうのを大人レベルで要求していくことっていうのが、すごいワクワクに繋がっていたなっていう風に思いますね。

段階を踏んだ「厳しさ」の導入

とはいえ、そこまで厳しく言ったらやっぱ意縮とかってしないんですか?
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
あ、だからステップが必要で。最初に言ったらそれ意縮ですよ。「え、もうお楽しみ会めんどくさいです」みたいになりますよね。なので、最初このステップ踏んでいくことがすごい大事で。「これいいね、いいね。みんなだったらもうちょっといけるよね、もうちょっといけるよね」っていう風にしてくから、1学期のお楽しみ会って割とそんなに厳しくは言わないです、私。
いきなりぐいぐい行くのかと思いました。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
行かない、行かない。だってステップがあるもんね。それまでの経験値とかもあるけど、ただの鬼ごっこしかやったことのない人たちにいきなり要求しても「ええ?」ってなるので。「もうちょっと工夫行けそうじゃない?」っていうところ。例えば今まで先生が担任したクラスで言うと、「こんな鬼ごっこもあったし、あんな鬼ごっこもあったし、こういうのもあったよ」っていうようなことを言った時に、ちょこっとと出てくる。「いいね、いいね、そういうやつ」って言ってやっていった時に、2学期はさらにステップアップだし、3学期あたりになっとバンバン厳しく言ってましたね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「ああ、そう。1年間のこの1年間やってきたまとめがそれ?残念だね」って。「どのくらいの時間かけて考えたっていうの?今今思いついて言ってんじゃないの?」ってよく言って。で、「いやいや、こんなもんじゃありません」とかって、「ちょっと次の休み時間みんな話し合おうね」みたいなことを子どもたちが言って、やっぱりすごいものが出てくるっていうのを段階踏んでやっていたなという風に思いますね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
その子たちがそういうことをどれだけやったことがあるかっていうところから、「いいね、いいね。ちょっとした改善、ちょっとした改善。もっともっといけるよ。これはどう?あれはどう?」で、あとはもう「そんなんでやってられると思うな」みたいな風に最後なっていくとい、「できます」みたいな。「持っていきます」みたいな風になってたなって思いますね。
今のはお楽しみ会の例ですけど、これが習い事だったりとか、本人がやりたいこともちろんあると思うんですけど、そういうところに対しても使えるってことですよね。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
使えますね。で、クラスで言うと、「令和1すげえ輝くクラスになるんだ」みたいな目標持っていて、「じゃあ例は1すげえ輝くクラスのお楽しみ会っていうのはこんなもんなんですか?」みたいな風にしてたっていう、どうなりたいかの目的があったりします。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、運動会とかで言えば、「どんな運動会にしたいの?」って。「ダンスがあります」って言ったら、「ダンスどんなダンスにしたいの?」って子どもたちがワクワク出します。これもあの踏んだ上で、子どもたちがいろんなこと自分でできるなって思ってきた辺りで、「どんな運動会にしたいの?」って言ったら、5年生の子たちなんかもう「6年生が去年の俺らと全然違う。超えられたって悔しがって。で、4年生が『あんな5年生になりたい』って思って。先生と、お母さん方の涙が止まりません」とか出てきたりした時に、「いいね、いいね」と。「ワクワクと未来を描いたわけじゃないですか。いいね、いいね」って。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「そのためには何が必要なの?」って。「どのくらい何をしたら先生や親子さんの涙が止まらなくて、6年生が悔しがって4年生が憧れるダンスになるの?」って言ったら、「そりゃまあ練習ですよね」とか出てくるんですよ。出てくるんだけど、全然練習しないわけだったりするんですよ、実際こう始まってみたらって言った時に。「そうなりたいんじゃなかったの?」って。「それで涙涙になると思ってんの?」っていうようなことはやっぱり伝えるし。

困難な要求を交渉で乗り越える

のんちゃん先生
のんちゃん先生
習い事とかにその辺ってすごく生きてくると思うんですけど、「こうなりたいんだよね。そのためには何が必要なの?どの時間をどう使えそうなの?」っていうのを聞いた時に、子どもたちから「じゃあ給食の時間も流しましょう。ソーラン節と掛け声はかけられます」とか。それにどんな意味があるのか私はあんまりわかんないけど、給食の時間に「どっこいショー、どっこいしょ」とかっていうことの練習の意味はわかんないけど、子どもたちから出てきた。「いいね、いいね。じゃあ給食の時間もその時間に使おう」と。で、士気は高まってくわけですよ。給食の時間にソーラン節が流れて「どっこいしょ、どっこいしょ」って言うっていう。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
だからそういう風に子どもたちが「じゃあこの休み時間はこうしよう。でも休み時間が全部ソーラン節になったらさすがに吐きそうになるし、ソーラン節が嫌いになりそうなので、このぐらいの割合でやっていこう」とかっていうのを出してくれたり。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
あとは、「先生、算数の時間早めに進んでいるっていう情報キャッチしました」と。「今4組は早めに進んでるらしいので、次の算数はダンスにしてください」とかって言ってきたりする。「嫌です」とかっていうので言い争ったりするんですけど。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「それを頑張って考えたんだね。偉いね」とか、「そうやって泣かせてみたいって思ったのね。すごいね」みたいな関わり方、私があんまりしないので。「そう思ったんだったら何ができるのだし、なんで私の算数の時間を奪うんだ」と。「私は私で計画があってやっているんだ」みたいなことを言うと、「じゃあ」でこう条件を出してきてくれるようになるんですけど、子どもが。「じゃあ3倍手をあげます」と。「3倍手を上げるくらいに、こちらもあの努力の姿勢を見せるので、先生ももうちょっとダンスの仕上がり度に対して協力する姿勢を見せてください」とかって言われると、「3倍手を上げるってどういうことですか?」とかって言うと、「いや、いつもは10人くらい手上げるところを30人手を上げるわけです」とかっていう風に言ってきたりします。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、それも「あ、じゃあそれはすごいね」ってならずに、「え、それ何の検証があって言ってんの?」って。「あなたが1人で言ってる話だとしたら、それはおかしいよ」って。「30人っていう人たちが『そうだ、私たちは手をあげます』っていうのが見えたら、それちょっとは納得する話だけど」。「分かりました。説得してきます」とかって言って、その次の時には30人こう引き連れて「みんな手をあげます」とかっていうのを言ってきた時に、やっぱりそれだけの時間を使って、自分の意見も工夫しながら言ってきてくれる時に、「分かりました。手を打ちましょう。じゃあ算数の時間半分渡します。有効に使うんですよね」って言うと、「そらそうです。有効に使います」って言った時の彼らの動きって、やっぱりもう見事で。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
30人わーって手上げるから「怖い」とかって言いながら、「じゃあここの問題書いてくれる人」とかって、はい!!みたいなので手上がったりして、こう楽しくやり取りしながらやってたなと思うんですけど。そのくらい5年生でも6年生でも、私で言えば1年生でも、自分たち次第で物事は変わるし、描いた未来っていうのは自分の手で、自分たちの努力と態度と行動で掴み取るもんなんだみたいなのを掴んでいくと、もう本当にどれだけ厳しくしても生き生きワクワクついてくるようになるんです。ついてくるってかついてきてもないか、先に行っちゃうようになるんですよね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
その辺のこう感覚が多分だいぶ私はずれているらしく、「全然これ考えたよ」って。あ、ここまでいった子がですよ。「頑張って考えたよ」とかって言ったものに、「すごいね」ってならなくて、「考えてそれ?ってこれもあれもできるし、これもそれもできるし、あれもそれもできる。あなただったらもっといけるね。次楽しみにしてるよ」っていう関わりを結構しているので、どんどんどんどんレベルが上がっていって、私の企画範囲とかを全く超えて活躍する子っていうのが育っていくなっていうのをすごく感じます。
とはいえ、さっきその算数の時間とかだと、やっぱりその時間を他の子どもたちに使わせれたら、子どもたちはいいかもしれないけど、結局学力落としたりとかしないんですか?
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
あ、だからそれも条件に入れますよ。私も自由にさせてるわけじゃないんですよ。だから、そもそも色々なやり取りをしてきてるので、「他のクラスに全部に調査をしてきました。このクラスは進んでいるということが分っているので、1時間もらえませんか?」っていうところまで育ってるわけですよ。なかなかそれしてくると思ってない方が多いと思うんですよね。小学生が調査するとは思えないもん。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
調査してくる。すごい。私がその前の時に多分言ったんでしょうね。「他のクラスから遅れていることを知っていってますか?」みたいな。「そういう調査もせずにそういう依頼をしてきたんだとしたら、甘いと思う」みたいなのを言ってるんですね。それだから「全部聞いてきました」と。「全部調査した結果、算数が一番進んでますよね、4組は」って。その時なんか私他のクラスのこと知らなかったですよ。「そ、そうなんですか」みたいな。「あなたがそういうならそうなんでしょうね」みたいな感じなんですけど。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、その上で交渉をしてきてる。で、「進度が他のクラスより、とか実際はここまで進んでいなきゃいけないにも関わらずダンスをするっていうのは私はしませんよ」っていうのを言っていたりするので。なので、「3倍手を上げて、3倍30倍と協力することで、算数の進捗が早く進むように僕らが頑張るのでお願いします」みたいに言ってきたりします。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、それに対して私は「それはあなたは算数得意だとしたらいいかもしれないけど、算数苦手な子はその3倍の速さで進んだらどうなの?」っていうような話もします。そしたら「そのそういう話もクラスで話し合いました」と。「で、得意な子たちがフォローアップします」みたいなことも言ってきたりするくらいに、彼ら自分で考えて動き出した時に、成績が落ちるはないです。そんなに主体的に授業に参加していることがまず珍しいと思うし。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
その自分がやりたいことを要求するならば、向こうがやりたいことっていうのに対する尊重とか、折り合いをつけるっていうところの交渉っていうのはすごく大事なんだっていう風にそもそも伝えているので、その辺も大人を超えて育っていきますみたいな感じがしますね。

信頼関係と「厳しさ」の関係性

ちなみに、煽っても乗ってこない時ってあると思うんですけど、そういう時はそのステップが足りない感じなんですかね?
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
足りない。あるあるありますよ。私煽った、煽ったら「じゃあもういいです」みたいになる時。は謝ります。謝ります。「ごめん」って。「私行けると思って言っちゃったけど、今の言い方悪かった?」とか。「言い方が悪かったです」って返ってきたら、「ごめん」って。それってこちらにもすごい問題があったりするんですよね。伝え方が乱暴だったり、そもそも彼らが理解しきれてないところに煽っちゃったりすると、そらそうですよ。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
だから基本的に信頼関係ができていて、「自分ってできる」「自分って色々やってみたい」みたいなところまで行っている時にもっといけるよに対しては、結構やっぱりリアクションって返ってくるものがいや。「だったらもういいです」ってなったら、あの自分に立ち返ってみて、「私の伝え方に問題あったかな」って。「いつからみんなやる気ないなとかめんどくさいなって思い出した?」とかっていうのを聞きますね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
聞くと出てくるから。「うーん、伝えられた時点で僕らやるって聞いてませんでした」とか出てきたら、「ごめん。そりゃやだなって思うよね」って。「ごめんごめん。その最初のところからもう1回話させてもらってもいい?」とか、「ちょっと私の方で見直しが必要だからもうちょっと時間もらってもいい?」みたいなことはあります。だからそれもお互い様ですよね。お互い様でやっていくし。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
そうやって関わっていった時に、やっぱり彼らからも私への要求っていうのもどんどん高く出てくるし、それに対して私も楽しみながら「僕らこれやってんですから、先生だってこうしてくださいよ」みたいのは出てくる時に、「そこまで言うんだったらはい、私も頑張ります」になるのか、「それは違う話でしょ。生意気なんだよ」になるかなんか。それもその私の感覚とか信じるところっていうので伝えていくっていうのはしてるなと思いますね。

「横の関係」としての厳しさ

のんちゃん先生
のんちゃん先生
まとめると、この「厳しく」とか「ワクワク」ってこの4段階目に入る時に大事なのは、よくアドラーの話で出てくる横の関係だなって思います。で、この厳しくの話をすると、「それって上からじゃないですか?」っていうのは言われるんですけど、上からじゃなくって、大好きな大親友、もう可能性いっぱいで彼だったら彼女だったら何でもできるよって思う大親友に対して「もっといけると思うよ」っていう提案をしているイメージなんです、私の中では。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
だからなんか「これやれつったのにやってないでしょう」やってみたいなことではなくて、「あなただったらここも行ける。あの子もそこも行けるよね。一緒にやってみない?」っていうような感覚で厳しく言っているなって思っています。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
プラス、子どもたちと教育的な立場として関わることができる親とか先生とかっていうのが、例えばですよ、厳しくのところで言えば、さっき「生意気だよ」っていうような言葉が私から出たのって、上からに感じる方いらっしゃるかもしれないんですけど、それを言ったら相手が気悪くするよとか、それをこれだけ例えば頑張って家事を頑張ってるお母さんに対して、「カレーの作り方がいつも適当だよね」みたいな言い方をしたとしてですよ。それは事実であったとしても、「あなたはカレーを作っているのと全部お母さんに任せていて適当だよねっていうその物言いは、人を悪い気分にさせるし、生意気だって思われるよ」っていうような言語化して、「それは違うと思うよ」って伝えるっていうのは、親とか先生の役割として私は必要なことだと思ってます。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
なので、基本横からです。基本横の関わりプラス、それをずっとしていくと、あなたにとって良くないことが起こるよ、「生意気だ」って思われるよみたいなことは、本当に大親友として言語化して伝えていくっていうのが、この4段階目の厳しくとか、もっとワクワクチャレンジできるよっていうところでやっているところかなと。で、そうすることによって、子どもたちの可能性っていうのは本当にどんどん広がっていくし、大人を超えてあの活躍の幅を広げていくものなんじゃないかなと思います。
ありがとうございます。
生徒T
生徒T

この記事を書いた人: 梶谷希美

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