【先生あるある】職業病?小学校の先生のヘンなこだわり

小学校の先生が持つ、一般には知られていない「妙なこだわり」とは?生徒と児童の使い分けから、通知表や指導案における漢字とひらがなの厳格なルール、さらには職業病として染み付いた行動パターンまで、元先生が語る教育現場の裏側を深掘りします。

小学校の先生の「妙なこだわり」:漢字・ひらがなの厳格なルールと職業病

先生、小学校の先生の妙なこだわりを教えてください。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
うん、結構あって。なんか会話の中で生まれてきたことなんですけど、小学校に通っている子どものことを「生徒」って言われると、すごいざわっとします。「生徒は中学生以上なんですよ。『生徒会』って言うでしょ?」って。
はい、はい。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、小学校は何て言うかって言うと、「児童会」って言うんですよ。
あ、そうなんですね。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
そう。小学校の子どもは「児童」なんですよ。で、これ私も最初区別ついてなくて、「あ、生徒が」とか言うと、「それ中学校だから。『児童』って言い直して」ってのをすごい言われて。「あ、そうなんだ」と思って、児童にめっちゃ直しました。
めんどくさ。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「違うみたい。『生徒』と『児童』は」って。なんで違うかよくわかんないけど。
はい、はい。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
とか、あとその通知表とか指導案とかを書く時に、ここはひらがななのか漢字なのかで、わかってない感が出るんですよ。「子ども」の「ども」はひらがななんです。漢字じゃないの。なんか「備えられた」みたいな意味があるらしくて。「子ども」の「ども」って、備えるって字じゃないですか。
はい。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
それを漢字で書くと直されますよ。「赤で『どもはひらがなでお願いします』」って。
めんどくさ。やばい、この後これ何回言うんやろ。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
そう。だから、やっぱりその統一っていうのがすごい大事で。それの例でいくつか言うと、「友達」の「達」も漢字じゃなくて、「達」はひらがななんですよ。なんか意味聞いたけど忘れたけど。「達」の「だち」はひらがな。とか、「気づき」とか、「気づくようになった」の「ず」ってあるじゃないですか。あれも付着の「付」っていう漢字じゃなくて、ひらがな。「気づきが生まれた」とかをこう漢字で書いてると、「これは意味があって漢字にしてますか?」みたいなのをよくね言われてた。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
漢字っていうのは意味がこう紐づいてくる、その意味が使おうとする言葉に当てはまってない場合っていうのは、「ここはひらがなに直した方がいいんじゃないか」みたいなことで、なんかあの指導案検討会議とかで、「だとしたらこの『付』もひらがなですよね」みたいなので、結局30分間くらい議論になったりする。
はい。とはいえ、ちゃんと学校の教育の中で、「友達」っていう漢字とか「子供」って漢字を子どもたちに教えてるじゃないですか。なんで大人はNGなんですかね?
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
わかんない。子どもが書いた「友達」の字を直したりはしないですよ。なんか教育で、こうすごくあの通知表とか指導案とか指導要領とか、そういうところにおいて言われる感じはあります。だから、なんか別に子どもが書いてる作文に「これはひらがなですね」みたいなのはないです。ないです。先生たちの中の話、大人の話で、やっぱりこのひらがななの、漢字なの、みたいなところは、なんか結構きちんとしてんなって思ってました。
分かる人が見たら「あ」って思うわけですね。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
思う。だからね、未だ癖があって。「子ども」の「ども」が漢字だと、なんか直したくなっちゃうんですよ。「どもはひらがなだよ」みたいなのを直したくなっちゃったり。さっきもあったんですけど、「じゃあ生徒はこう言ってたんですか?」とかって言うと、「ううん、児童なの」みたいな。やっぱ未だ気持ち悪さとして出る。「どっちでもいいじゃん」その通りだ。私も思うんだけど、未だ出ますね、そのなんかあったやつが。
ちなみにさっき直されました、僕が。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
あ、そう。
「生徒」って言ったから。「いや、小学生なんで『児童』でお願いします」っていうのは、やっぱ先生方、違和感感じる方多いんじゃないかなと思ったからです。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
はあ。なんかそのくらいにそこに意味を持って、丁寧に見てるっていう感じかなと思いますね。

職業病:無意識にチェックしてしまう3つのポイント

のんちゃん先生
のんちゃん先生
他に、あの私が先生(もう小学校の先生じゃないんですけど)学校にお邪魔する時に、どうしても目がいっちゃうところっていうのが何点かあって。それは多分先生時代にめっちゃ気をつけて見てたから、すぐにそこに目がいっちゃうんですけど。それが3つある。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
1つ目があの、子どもたちの左胸です。
ふーん。名札してるかどうか。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
あ、名札。そう、名札してるかどうか。とか、あと、かかとです。靴踏んでるかどうか。上履きとか下履きもそうなんですけど、靴をちゃんと履いてるか、踏んでるかっていうのはね、すぐ目がいっちゃう。
ふむ。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
と、体育の時の裾です。
裾。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
あの、体操着のこれ(裾)が入ってるか否かは、もうね、すぐ目がいっちゃう。
あ、してない。何割?名札してない何割?裾入ってない。あ、5人かかと踏んでる、みたいにすぐ見ちゃう。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
なんでなんですか、これ?随分前の動画で話してるんですけど、「学級崩壊の予兆」っていう動画。子どもたちに一旦「ちゃんとしよ」っていうのは伝えたわけですよね。「裾はちゃんと入れましょう」「靴はちゃんと履きましょう」「名札は朝来たらつけて帰りに外しましょう」みたいなのを言うんですよ。言った上で、最初守られていたものが守られなくなったっていうのは、あれの象徴で。子どもの心に何か起こってるっていうサインにしてたので。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、あの私、生徒指導主任って言って、学校全体のクラスの状態がどうなのかっていうのも、割と学校見回りながら見ている立場にあったので。クラスの中で、名札の徹底ができないクラスって、授業見なくても荒れていってるのかなっていうサインだったんですよ。とか、靴踏んでる子が多い、体育の時に裾が出てるクラスっていうのは、「ちょっと授業見に行ってみようかな」って見に行って、「あ、ちょっと荒れ始めたかな」っていうサイン。この先生の心大丈夫かな、この子の心の状態はどうかな、みたいな風に見ていたので、この3点すぐ目が行く。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
だから、教室に入った瞬間、「靴踏んでんの何人?名札してないのが半分以上か。結構まずいな」みたいなのをすぐ見てね、分析してね、評価しちゃう頭の中で。っていうのは、もうなんか癖みたいですね。
妙なこだわりというよりかは、もう職業病ですよね。みんなじゃないと思う、これ。先生みんなじゃないと思うんだけど、なんか自分としてはそこにこだわってたんでしょうね。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
だからなんかあれですよ。普通にデパートとか行ってて、左胸パッて見て、「いや、名札しないって」っていうのを思ったりとかするくらい。だったりしますね。

先生の「統一性・平等性」へのこだわり

他にもありますか?
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
他にも。これは私自身がっていうことじゃないんですけど、すぐ整列させる。
どういうこと?
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
「並んで」って。並ばせようとするのは先生気質なんだろうな。私も、しばらく抜けなかったんですけどね。もう最近は並ばせなくなりましたけど、すごく並ばせないことへの抵抗がある。「並んで移動しないといけない」生活が長すぎて。っていうのはありますね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
あと、その並ばせるとか、あと「いただきます」とか「ごちそうさま」とかを、揃って言わなきゃいけないモヤモヤ感。なんか大人とかでみんなでいる時も、「え、『いただきます』みんなでしないんだ」とかっていうのがあったりする。しないじゃないですか、別に。でも、なんかみんな揃って「いただきます」っていうのをやりたくなっちゃうのが、なんかね、先生の変なこだわりだと思う。別にそれぞれでいいじゃんねって思うのになんか、揃ってたらまとまってるような気がして。まとめたくなっちゃいますね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
だから、この何かの会を始めますとかっていうのも、「それでは始めます。よろしくお願いします」みたいなのやりたくなっちゃう。「みんな揃った?」みたいな。「じゃあなんか言わなきゃ。あ、言わないや」みたいな。なんか号令的なこともしたくなっちゃうのがあるかな。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
他は、先生の変なので言うと、えっと未だちょっとあるのが、え、その子のことをなんて呼ぶかをすごい気にする。気にするから、えっと私が先生の時に、気をつけていたのは、基本的に「さん付け」。ジェンダー的なこともあるので、えっと「佐藤君」と「田中さん」っていうのでも、ジェンダー決めちゃうわけじゃないですか。だからみんな「さん付け」っていうのは、最近の流れとして結構あるんですね。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
先生の中で。だから、男であろうと女であろうと「佐藤さん」だし「田中さん」みたいな。で、これ大人にだってもそうじゃないですか。「君」ってちょっとこう上からに感じますよね、大人にだったら。だから子どもたちも一緒で、みんな「さん付け」っていうのを、こう授業の時とか徹底するわけですよ。
はい。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
で、大してあだ名で呼んだり、下の名前で親しく呼ぶ時もあってもいいわけじゃないですか。「ひかりちゃん」とか。「くん」みたいに。で、その時に不平等さが生まれないようにってのすごい気にしますね。
ふーん。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
なんか「あの子は『ちゃん』なのに、僕はずっと『さん付け』」みたいなのって、ちょっとこうなんか子どもの中に差をつけちゃう気がして。だから未だ、3人とか子どもがいる時に、別に職業で関わってるわけじゃなくて、お父さんお母さんと知り合いでっていう中で、子どもが5人来てますみたいな時って、1人あだ名で呼んじゃったら、みんなにあだ名聞いて回ってる自分に気づきます。「あ、そっか、やっちゃん」なんだねって。「やっちゃん」って呼び出したら、「あだ名何?あだ名教えて」って言って、「なんて呼ばれたい?」とかって。1人あだ名で呼んじゃったら、みんなあだ名で呼ばなきゃ、みたいな。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
なんかその辺の「さん」なの「くん」なの「ちゃん」なの、みたいなところにピクッて反応しちゃう。「その子は『くん』で、この子は『ちゃん』か。」その違いはなんだ?不平性か?」みたいなのを、勝手に1人で考えてモヤモヤしてたりして。「そんなの誰も気にしてないか」って思ったりしますね。
やっぱ不平等だと子どもたちから不満が出やすいからっていうところからですか?
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
自分だったら嫌だから。
ああ、なるほど。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
うん。自分だったら嫌なことは、なるべく子どもたちにはしたくないなって思っていたので。やたら気にしてたから、未だ気にしますね。こだわり、先生のこだわりとしてはあるんじゃないかな。
のんちゃん先生
のんちゃん先生
まとめると、今話してみて思うのは、やっぱり統一性、平等性、まとまり感、みたいなところをずっと見てきたんだな、先生時代っていうのを未だ感じる。だから、これを言うとまとまんないんじゃないかなとか、これを言うと悲しい人が出るかも、みたいなところを、なんかね、40人とか100人規模で見ようとする癖が、未だすごいあるなっていうのに気づきました。
先生方、いつもご苦労様です。ありがとうございます。
生徒T
生徒T
のんちゃん先生
のんちゃん先生
はい。なんか平和な会でしたね。

この記事を書いた人: 梶谷希美

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